本来、多くのヘッジファンドは、市場のミスプライシングや価格の歪みを探し出し、本質的な価値への収れんを想定した取引を行います。その価格の収れんを想定して取引を行う過程で、毎月のファンドパフォーマンスが大幅に下落することを防ぐため「損失限定」の仕組み――たとえば、想定と反対の方向に市場が振れ、一定の損失が出た際に一旦取引を縮小したり閉じたりする「ロスカット・ルール」――を設けているファンドも数多く存在します。現在のような超低金利下で、多くのヘッジファンドが徐々に高リスクの金融商品を取引対象にしますが、それらの値動きは格付けの高い先進国国債に比べて当然荒くなる傾向があります。その結果、ファンドは保有しているポジション調整を余儀なくされ、余計な取引を増やすことになります。最終的には、取引コストが増大し思うように利益を上げられなくなることがあります。
好調に見える株式市場でも、多くのヘッジファンドは買い持ちと売り持ちを同時に行うロングショート戦略を採用しているので、米国株式上昇の恩恵を素直に享受できるわけではありません。また、数多くの米国株式の総合指数は順調に上昇を続けているものの、それら指数を構成する個別銘柄の値動きは激しくなっています。また、ヘッジファンドの多くは政府主導の中央銀行による金利政策に対して懐疑的であることから、現状肯定的な取引(例えば素直に指数を買い持つことや、既に高騰している米国債を素直に買い持つこと)を行なうことは稀です。結果として、ここでも想定外の取引回数の増加により、コスト負担に苦しむファンドが見られます。
今年比較的好調なヘッジファンドは共通して「超低金利を好機ととらえて高いレバレッジをかけ、流動性の低く比較的割安な資産を保有して回転売買を行わない戦略」を採用しています。しかし、2008年の金融危機以降、投資銀行に対するレバレッジ規制から、中小企業や個人の方がよほど借り入れをしやすい環境で、高いレバレッジをかけられるファンドは一握りです。これら一握りの高レバレッジで取引可能なファンドの一人勝ちともいえます。こう考えてみると、金融危機の予兆を常に考えているヘッジファンド業界全体での「高レバレッジ」「投資対象の流動性の低下」はゆっくりとしか進行していません。しかし、この二つの状況が定常化し、そのさなかに市場に大きな変動が生じたとき、金融資産の価格の振幅はしばしば我々の想定を超えたレベルになります。引き続き、ヘッジファンド戦略の動向の変化に目を向けていきたいと思います。