外務省のホームページを見ると、かなり詳細な情報が分かります。「渡航にあたっては十分注意をする」という危険レベルとしては一番低いレベル1となっていますが、香港全域にわたっての警戒となっていました。また、各地でのデモ行為や警察隊との衝突などの様子も書かれていることがあります。一方、現地に住む知人に電話をすると、大規模なデモが行われる週末の日中を除いてはいたって静かで、一部の地域で時折起きる警察とデモの衝突以外は、暴力的な行為が起こることはあまりない、とのことでした。
このように、情報源によってだいぶバラツキのあるという印象を受けながら、実際に現地に入ってみると、通常の風景とさほど変わらない雰囲気でした。実際に香港空港が閉鎖されるような事態にいたったのは、メディアで大きく報道された一回だけで、飛行機がキャンセルされるような事態はあまり起きないようです。空港から市内への香港エキスプレスも通常運行でした。平日の日中の香港島中心部の様子は、あまり通常時と変わらないようにも見えました。しかし、月曜の夜に知人と入った人気の広東料理レストランに行くと、通常、観光客や地元客でいつも満員の店が、ガラガラでした。また、随所でいつもと異なる風景が見られました。
聞くと、6月以降の抗議運動の影響は徐々に香港経済に影響を与えており、特に8月に大規模デモや警察との衝突の光景が繰り返し各国メディアを賑わせ出してからは、欧米からの観光客のみならずビジネスでの渡航も大きく減少しているそうです。一説には例年との比較で観光収入は20%程度減少しているとも言われています。9月4日には、香港政府トップの林鄭月娥行政長官が逃亡犯条例改正案を正式に撤回すると表明したにも関わらず、ゲリラ化した抗議デモが頻発しています。市民が、中国による香港統治に対する不安と不満をこの機会に政府に対してぶつけているような印象を受けますが、これは足下での米中摩擦に影響を受けている側面もあるかもしれません。
このような状況が続くことについて、香港在住の金融業界の人々について聞いてみると、一様に不安の声が聞こえてきました。たとえば、欧米の投資銀行などでアジア赴任を打診された際、特に家族連れのケースで香港赴任を避け、シンガポールを選択することが頻発しているようです。また、アジア域内の安定した先進国として日本を希望するケースも増えているといいます。今後、同様のトレンドが続けば、人材面でもアジアの金融センターとしての香港の魅力度が低下する可能性すらある、というのが今回の騒動下で香港を訪問した際の印象でした。
現地での日常生活にそれほど大きな不自由はなさそうに見えましたが、実際にはオフィスに通勤する人々や子供たちを送り迎えする人々は、突発的に発生するゲリラ的なデモ活動の場所を常にウェブ上の情報で確認し、安全な通勤経路や通学経路を選択してその時々で経路を変えるという面倒な手間を強いられているとのことでした。思わぬ形で発生している地政学的なリスクですが、アジアの金融ハブとして頭ひとつ抜け出た感のあった香港においてこのような状況が発生し、われわれとしても引き続き注意深く見ていく必要があると思います。