例年なら、「私の住む浅草も、6月から7月に掛けては」なんて言いながら、夏の風物詩の話を枕に持ってくるのですが、今年はまだ大勢の人が集まるようなことはしてはならない、なんてお上が言っているものだからと、富士山の山開きに合わせて行われる5月末と6月末の、観音裏の植木市は中止、観音裏からちょっと言問通りを歩いて行った下谷の鬼子母神の周辺で行っている7月6日から8日の朝顔市も中止、下谷からちょっと上野のほうに下りて行ったあたりから浅草までずっと続くかっぱ橋本通りで七夕周辺に開催されている下町七夕まつりも中止、そして、戻ってきた浅草寺の境内で9日と10日に行われるほおずき市も中止、と、夏の訪れに合わせて行われてきたイベントが軒並みキャンセル。
とはいえ季節感は欲しいから。。。
となると、この枕もどうやって季節感を出そうか、というと、悩むわけですが、イベントがキャンセルされてもお寺も神社さんもCOVID-19 の悪疫退散、と掲げて毎日お祈りをしてくれたり、6月末は半年の終わり、ということで夏祓いのための大きな茅の輪を今年も出していたようです。この茅の輪、ご存知ない方のためにざっくり説明すると、これが立っている時は、輪っかの前にまず立って、輪っかをくぐって、左に回って元の位置に戻り、またくぐって今度は右に回って元の位置に戻り、またくぐってまた左に回って元の位置に戻ったら、初めて輪っかをくぐって神社の本殿に進むことで半年の厄を払い、夏を乗り越えられる、というもの、だそうです。
ダブルダッチにアイリッシュサンドイッチ、なんの暗号?
で、この回りかた、毎年やっているのでなんの不思議もなかったのですが、どういう訳か今年、あれ、これってなんとなく。。。と思ったことがありまして、それが頭に過ぎった、「Double-Dutch with Irish Sandwich」という言葉。多分、多くの人からすると「ダブルダッチ」って何それ、と思う一方で、ああ、縄跳びじゃん、と思う人もいるかもしれません。はい、二人で二本の縄を交互に回すところに中で踊るように飛ぶ縄跳びの競技のことをダブルダッチ、というそうです。そこにアイリッシュウィスキーでもギネスビールでもなくじゃなくサンドイッチって、アイルランドってサンドイッチが有名だったっけ?と思ったら、薄めのパンをトーストして、そこにコンビーフの薄切りやカリカリに焼いたベーコンと、チェダーチーズと、キャベツや人参の千切りサラダやレタスとトマトの薄切りを一緒に挟んだ、バリエーションの多いサンドイッチのことだそうです。
おっと、instagramの #みやたべろぐ になりそうなのでここらにして本題に。このDouble-Dutch with Irish Sandwich、実は正確には Double-Irish with Dutch Sandwich と呼ばれる米国発の国際的な企業グループなどが、それぞれの国において合法的に税金を下げるために使ったスキームのことを指すのです。どういうことか、というと、絵で書いたほうが早いのでこんな感じです。
まず、米国の会社にある知的財産権を、バーミューダに登記しているものの実在性がアイルランドにある知財管理会社に譲渡します。その知的財産権のライセンスをアイルランドの販売会社にライセンス提供することで、この販売会社がアイルランドを含めた世界中の関係会社を通じて知財を元に売り上げを上げることになります。さて、その販売会社ですが、ライセンスに基づいて売り上げたので、アイルランドの知財管理会社に対してライセンス使用料を払う必要があるのですが、そこで販売会社はオランダに子会社を作って、そこからライセンスを支払う形にする、とします。(何となく、絵の矢印の動きが茅の輪くぐりの流れに似ているように見えてきませんか?)そして、最後の仕上げに、米国の会社は知財管理会社に譲渡した知財を共同保有する、と宣言します。
解説もだいぶ暗号っぽいですが。。。
すると、不思議なことが起こりました。色々複雑なので、かいつまんで書くならば。。。
まず、アイルランドにおけるライセンス収入は、ヨーロッパ諸国との間においては0%課税、とされています。また、知財管理会社の実態はアイルランドにありますが、登記がバーミューダなのでアイルランドの非居住者扱いで法人税が掛からない、とされています。そして販売会社やオランダの会社がライセンス使用料として会社の費用を差し引いた売り上げ全部をライセンス使用料としたら、それぞれの会社では利益が残らないので税金がかかりません(通常は、それはやりすぎなので、気持ち程度の利益を残して税金をちょっとだけ払うのが一般的です)。
ん?そうすると、バーミューダの知財管理会社に売り上げがほとんどたどり着いて、いわゆる「タックス・ヘイブン」なので税金が掛からない、状態になりますね。
でも、米国は米国内の企業の海外子会社やその孫会社などについてはCFC(=Controlled Foreign Company)や PFIC (Passive Foreign Investment Company)としてそこでの収益や配当金に対する課税が厳しく、特にライセンスに対するロイヤリティは Passive Income としてかなり税率を高くしているのですが、仕上げの知財の共同保有の宣言のおかげで、このバーミューダの知財管理会社は税務上米国企業となり、CFCの対象から外れることになります。
合法的節税スキーム、その顛末やいかに。。。
ということで、それぞれの国や二国間の税務上のルールを使うことで、上記であれば本来米国で納めるべき税金を納めずにタックス・ヘイブンにおいて、そこから再投資などを行うことが出来るようになるのです。
でも、それって、例えば米国からすれば本来課税出来たはずの税金が租税条約等を過度に利用されたことで課税権を失ったのでおかしい、と主張したいところですね。これをBEPS (Base Erosion and Profit Shifting: 税源浸食と利益移転)として、2014年以来、G20のようなオンショア諸国がオフショア諸国などに対して改善を求めてきたことです。その結果として起こったのが、昨年 (2019年)に始まった、ケイマン諸島をはじめとするオフショア諸国での ES (Economic Substance)問題です。
ESは、上記のようなロイヤリティやリース、と言ったpassive income を受け取るだけの形式上の会社に対する規制を導入することが目的だったのですが、その事業の対象に証券運用事業が自然に入ったため、ケイマン諸島では、Securities Investment Business Law という運用関連の法律の事業登録免除規定の改正を行って、ESを満たすものに事業登録を行うように切り替えたのです。そのおかげで日本に外国籍投資信託として直接持ち込まれたものも、国内の投資信託の裏側の運用エンジンとして動いてたものにも影響が大きくあったのです。
実は、世界は連動して規制強化が進んだ。。。
この10年以上、ケイマンを中心とするオフショア地域の規制は基本強化の流れにあります。
2007年の世界信用恐慌(Global Credit Crunch) の直後になぜか発表された税務情報開示に関するリストで、オフショアは当初軒並みグレーリストに挙げられていましたが、このリストの目的がテロ支援資金や犯罪利益の移転を阻止する、いわゆる出処の犯罪性を問うところが出発点にあり(2020年6月末現在、ブラックリストと呼ばずにcall for action<http://www.fatf-gafi.org/publications/high-risk-and-other-monitored-jurisdictions/documents/call-for-action-june-2020.html> としてイランと北朝鮮が、グレーリストはunder increased monitoring <http://www.fatf-gafi.org/publications/high-risk-and-other-monitored-jurisdictions/documents/increased-monitoring-june-2020.html> として18ヵ国が挙げられています。)ました。このリストの結果、投資家のAML/KYC が強化されて、本人確認手続きが厳しくなり、投資資金の裏付けなどを聞かれるようになり始めたのです。あと、銀行口座も開設するのに時間がかかり始めたのがこの頃からでした。
その次に、来たのが米国の FATCAに始まった税務情報の自動交換システム(AEOI)の導入です。元はと言えば、米国人で高税率に悩んだ人たちが、一旦オフショアに資金を出して、米国人ではないフリをして米国内に投資をしていたため、米国内国歳入庁(US-IRS)が世界中の金融機関に対してその取り扱う口座の所有者が米国籍であるかどうかを確認して報告する義務と、米国人でないことが証明できない場合の過度な源泉徴収義務を課したがために、他の国もじゃあ、うちの国の国民が口座を開けているか、という情報提供を求め出したのです。その結果、前述のような本人のその瞬間の住居などの本人確認だけではなく、納税国などの情報も提出することになったのです。
これで一安心、と思ったら、今度はBeneficiary Owner regime です。これはオフショアの会社の株式など、経済的利益を享受する個人の情報開示を登記の形で求めるようになったのです。FATCA/CRSのような銀行/証券口座のような直接的な資金移動の捕捉の次に、ビークル経由での資金移動とその経済的利益の捕捉にもメスが入ったと言っていいでしょう。とはいえ、これはファンドの持分には及ばなかったわけですが、これはFACTA/CRSで既にファンドの持分所有者ということで捕捉されていたから、という理由だったようです。
まだまだありますよ。GAFAが個人情報などを自由自在に利用してビジネスをしていることに反感を持った(というと言葉が強いですが。。。)EUが、GDPR (General Data Protection Regulation: EU一般データ保護規則)が導入されたことから、世界中で個人情報などの取り扱いに関する規制が導入され、投資家などの情報を取り扱うオフショアでも同じように導入されることとなりました。ちなみに、これはこの数年で香港やシンガポールの金融業界に対してかなり高度な規制が入りつつありますのでなかなか悩ましいものになりつつあります。
そして、前述のBEPS対応のためのES対応が昨年起こりました。(ふぅ。)ところで、この導入についてはケイマン諸島に関してはちょっとしたケチがついたことも知られています。この導入がちょっとだけ予定より遅れたことで、税務対応に協力的ではない、というEUのブラックリストの対象にされています。ちなみにブラックリスト入りの決定を行ったのが2020年2月4日で載ったのは2020年2月7日。英国がEUから離脱したのが2020年2月1日ですので。。。大人の事情なのでしょうか(笑)
これからの世界、どんな規制がくるの?
じゃあ、今後はどうなるのでしょう。既に今年起きているのが、ケイマン諸島と英領バージン諸島での、今まで金融当局の規制外だったクローズエンド型の私募ファンドの当局登録(Private Fund Law登録)と、オープンエンド型の私募ファンドの一部で規制外だった、本当に身内だけのファンドも規制の対象に入ったことが挙げられます。前者はバイアウトファンドやVCファンドに大きく影響を与えますが、この導入の理由は「他の国のファンド規制の水準に合わせるため」ということが当局から発表されています。これは上記を踏まえると、オンショア諸国との協調をより進めていく(けど、オンショアよりも柔軟性が高いから引き続き使ってね)、というメッセージではないかな、と思います。
この流れは、オフショアファンドを運用してきたユーザーの立場としては、後から対応し、コストを求められてきて困ったことばかり、ではありましたが、これで打ち止め、となって欲しいと思うのも正直なところですね。また、他方で、これだけ世界的な環境の変化としての規制対応が進むと、アイルランドやルクセンブルク、シンガポールのようなオンショアのファンドとの比較がよりしやすい世界にもなったように思います。さて、今度はどこがファンド設立・運営でリードしていくのでしょうか。
まとめ
環境の変化はやはりゲームチェンジャーとして強いなぁ、というのが今回のまとめ、ということで、珍しくお後がよろしいようで。