前回のコラムで5月23日の日経平均の大幅下落に触れ、これを市場の変動率を増加させる予兆として捉えました。事実、その後の日経平均株価は大きく値を下げ、5月22日の終値15,627円から6月7日の終値12,877円と17%以上の下落と、短期間で大幅な価格調整を行なっています。しかし、これまでの日本株上昇の内訳を見てみれば、円安に押された輸出関連銘柄、及び金融緩和や外国人投資家からの資金流入の恩恵を受けやすい不動産や金融関連銘柄に個人の短期的な資金フローが集中していました。更に、急激な下落の起こる1-2ヶ月前くらいからは、業績も出ていないバイオ関連銘柄や所謂低位株が急騰するなど、偏った資金フローが随所に見られていました。中央銀行による大量の資金供給がもたらす過剰流動性相場の中、政策期待先行で各種投資家が一種パニック的に売買をしている状況と言えます。
しかし、日本株式市場が長らく経験してきたような、低流動性や、外国人が日本企業を無視して素通りしてしまう、「ジャパン・パッシング」という状況からは、現在は程遠い状態を維持していることも事実です。更に、政府の成長戦略というお題目の横に置かれている金利上昇や物価上昇への懸念が日増しに高まっている昨今では、機関投資家も個人投資家もこれまでの日本国債一辺倒のポートフォリオをあらためざるを得ない状況になっています。このような市場環境下で、投資家が資産保全を図りつつ、運用成果をあげるためにはどのような資産ポートフォリオが有効になるのでしょうか。また、このような市場環境下では、どのような投資戦略が収益をあげるチャンスが高まっているのでしょうか。
まず、流動性の増している市場において高い収益機会を期待できるのは、銘柄選定に優れたアクティブ型運用者です。更に、市場の下落局面でも収益機会を捉えることのできる株式ロングショート型の運用者には収益機会が多いと考えられます。また、流動性が高いことで、売買の回転度合いの高いトレーディング戦略にも収益機会が増えることになります。実際、私達が投資を行なう株式関連のロングショート戦略の運用者は、相場の荒れた5月を含め、軒並み好調なパフォーマンスを記録しています。また、市場参加者が増え、流動性が増す中で市場の変動性が高まるという局面では、一部の裁定取引が有効になります。例えば、株式オプション価値を内包している転換社債を買い、同じ銘柄の株式を売却する「転換社債裁定取引」戦略などでは、市場変動性の上昇時には、収益機会が増す傾向にあります。また、企業活動が活発になり、企業の設備投資などが増加しているため、転換社債の発行によって資金調達を行なうケースも増えてきています。転換社債の発行量、流通量が増すことも、戦略にとってはプラスの要因です。
現在、金融市場における最大の関心事と言えば、債券市場かもしれません。政府主導の金融政策や、成長戦略のアナウンスメント効果から、為替相場や株式市場は一定の動きを見せており、個人投資家、ヘッジファンド等もこれらの取引を活発に行なっている印象です。一方、これまで低位で安定してきた長期金利を背景に金融機関、年金基金、個人投資家のポートフォリオの大半は、国債で占められています。今後、急速に金利が上昇するようなことがあれば、国債ポートフォリオは時価ベースで大きく毀損することになり、投資家ポートフォリオの機会収益と流動性が著しく損なわれることになります。更に、金利上昇に伴い、市場の変動率は更に上昇する可能性が高まります。個人的には、2014年に日本が消費増税を導入できるような環境にあるとすれば、金利の上昇は避けられず、消費税分は言うに及ばず、原料、消費財の物価も上昇する、所謂インフレーションの状態になる可能性が高まっていると思われます。そのような環境に備えて、株式のみならず、商品関連の投資対象をポートフォリオに入れることは、リスクをヘッジしつつ、期待収益を上げる方法になると考えています。
更に、現在、機関投資家、個人投資家の多くは流動性の高い金融商品の保有に拘る傾向があります。そのような状況下では、所謂流動性プレミアムが高くなり、質の高い未公開株やインフラストラクチャ(設備)等の実物資産の相対的な魅力度が高まっているとも言えます。
一般的に、優秀なトレーダーは市場変動性の上昇を好む傾向があります。これは、純粋に収益機会が増えると考えているからです。しかし、一般投資家や長期投資家にとって、一時的な市場変動性の高まりや振幅の高い相場は雑音(ノイズ)となり、市場に振らされる事で、思わぬ損失を蒙る可能性の高い状態と言えます。このような状況下こそ、中長期的な投資戦略を描き、どのような投資対象がそれに見合ったものかを見極めることが重要だと考えています。