ヘッジファンドの会議参加のため、香港に来ています。投資先や投資先候補のヘッジファンド運用者の現状のアップデートや新しい投資のアイデアの確認など、通常の調査業務も並行して行います。今回、市場が2008年の金融危機直前のような様相を呈してきた中で、運用者を訪問していると、2007年のときとは、彼らの状況が大きく違うことに気がつきます。もっとも、今回も金融危機の震源地はアジアではなく、欧州であるということもあり、悲壮感のようなものは感じられません。今回の訪問で幾つか気付いた点をあげてみたいと思います。
まず、総じて運用者はリスクを大きく減らしています。今回の欧州財務問題は、アジアが震源地ではないとはいえ、グローバルに毎日のようにニュースが出ています。また、問題の深刻化の過程はどちらかといえばゆっくりで、米国債の格下げのようなニュースへの対応以外は、運用者としても考え、準備をする時間がそれなりにあるという点です。また、2008年の教訓が生々しく残っている中、運用者の多くがリスク量を大きく減らしていました。
例えば、中国株を中心にロング・ショートの双方のポジションを持つ運用者のケースでは、2010年までに十分に値上がりしてきた、中国A株への投資妙味が、株式価値の観点から徐々に薄れていく中、買い持ち額を減少させ、空売りが可能な香港株や米国上場の中国株の売り持ちを増やしています。これは、必ずしも欧州金融危機が直接影響しているわけではなく、中国の景気循環の上方トレンドが失われる中、医療や消費財の一部の企業を除いて、売上成長率や利益成長率を維持できない会社が出てきているためです。一見、今回の欧州財務危機や米国の成長減速とは無関係なこの状態も、中国景気に与える先進国経済の影響と捉えることもできます。通常時間差を置いて出て来る問題ですが、今回の混乱の影響で、運用者の先行きに対する見方もかなり防衛的になっています。
しかし、その中でも絶対的にプラスの経済成長を遂げているアジアの新興諸国については、キャッシュフローの観点から投資妙味のある対象も数多く出てきているという印象を受けます。したがって、景気の影響を直接的に受ける大型株式への投資や、2008年以降大きく値上がりしてきた値嵩株への投資は見送られ、株式価値が非常に割安な中型株や、倒産確率が低いと見込まれる会社発行の債券への投資割合が高まっています。企業債権の平均が10%を超えるなど、企業の調達には厳しい環境とは言えますが、投資家から見ると投資妙味の高い対象も数多く出ているという印象を受けます。
一方、2008年の金融危機では、アジアは直接の震源地ではなかったにも関わらず、金融市場では、先進国の株式や債券市場以上に大きな落ち込みを経験したことも事実です。この原因は、投資家が先進諸国に偏っていたため、投資資金を回収する際にホームカントリーバイアスがかかった結果、投資家から見ての遠い対象から真っ先に資金を引上げたことも一因にあげられます。また、アジア金融市場の流動性は先進国市場に比べて著しく低いため、金融危機時に短期間に大きく値を下げる傾向もこれに拍車をかけました。
翻って、今回の状態では、アジアの投資家や運用者は比較的冷静に状況を見ており、手許の現金比率は潤沢です。また、2008年時に比べて、アジア地域での投資家や運用者の存在感も増しています。ここで、欧州金融機関の破綻や不良債権問題が大きく焦点を集めれば、アジアの市場も当然に影響を受けることになりますが、これを2008年と比較すると、影響は小さいものに留まり、現金比率を高めた余裕のある投資家からの買いが、アジアの債権や株式に向かって力強く入る可能性が高いことを今回の訪問で感じています。また、アジア金融市場の進化に伴い、多様な運用戦略が登場していることもあげられます。例えば、各種裁定取引や、先物運用も3年前と比較しても格段に増えています。これらのことを勘案すると、先進国金融市場の地盤沈下とアジア新興国の相対的な地位向上が水面下で起きていることを感じます。