私の住む浅草にも温泉があるのは案外知られているようで、褐色の温泉を手軽に楽しめる蛇骨湯は地元の人のみならず近隣に投宿する海外からのお客様にも利用されているそうです。確かに近年の銭湯に複数の言語での利用方法の解説があちこちで見られることから、銭湯文化というのも日本の文化の一つとして認知されているようでもあります。
その他方で、家にお風呂が普通にあることで利用者は減少の一途をたどっているのも現実で、東京銭湯スタンプラリーを趣味として仕事帰りにあちこちの銭湯に立ち寄るのが楽しみな私にとって、あるはずの銭湯が行ってみたらなくなっていて分譲住宅やマンションになっていた、なんてことも、今まで100軒の銭湯にたどり着くまでにどれだけ体験したことやら。。。
水風呂、お好きですか?
ゆでガエルは本当に茹で上がるのか?
さて、お風呂のお湯、ということでなぜか思い出した言葉に、ゆでガエル、という言葉があります。カエルを水の入った釜にいれて、ゆっくり火をかけていくと、カエルは水温がじわじわ上昇することで温度上昇に気づくことなく茹で上がってしまう、という嘘のような話なのですが、実際にはカエルは逃げるそうです。でも、この寓話は緩やかな環境変化に人間は気が付かずに留まることを言い表したもの、ですし、事実、人間の行動はそれまでの環境やの習慣等で出来上がったコンフォートゾーンには、もしそれに気づかない程度に変化していたとしてもその中に留まりがちです。
投資環境でゆでガエルになっていないか?
投資の世界では、旧来的とはいえ基本となる評価基準が当てはまらなくなった時に、従来の理論では説明できないことに尤もらしい説明を上乗せしてあたかもこれこそが新しい評価基準だと言ったり、前提の異なる新しい世界に突入した、と言うことが往々にしてあります。投資環境が変わったからなのか、投資対象が本当に革新的なものだから、なのか、それとも投資参加者のリスク許容度の変化なのか、いろいろと考えるべきことはあるように思いますが、それを考えるに当たっては、水風呂に入って肌感覚をリセットするように、果たしてそれが温度を感じない位にぬるかったはずのお湯が気づいたら47度くらいに上昇していたからなのか、25度の冷水に飛び込んでも当てはまるものなのか、今一度考えるのも大事かもしれません。