例えば、保険会社と保険に加入する人(被保険者)の間には、情報の非対称性が存在します。被保険者は、自分がどの程度危険な運転を行ったり、事故を起こしやすいかを知っている一方、保険会社側は、それを知りません。この際、事故の危険度の高い人ほど保険に入る傾向があり、保険料率が上昇する結果、安全運転を行う人が保険に加入するメリットが低下し、この保険自体が成り立たない状況が生まれてしまいます。実際には、保険会社は、過去の事故実績にあわせた等級によって被保険者の保険料を変え、あるいは保険料の異なる保険を提供して「アドバース・セレクション」の問題に対応しています。
また、米国の中古車取引の事例では、オーナーである売り手と、中古車買い取り業者の間の情報の非対称性が問題として取り上げられています。質の悪い中古車を高く売ろうとするオーナーと、質の良い中古車を適正に売ろうとするオーナーの区別がつかない場合、同じ価格であれば、利ザヤに余裕を持っている前者は値引きに応じやすいため、結果的に質の悪い中古車が市場を席巻することになります。
このほかにも、M&Aなどの状況下で、被買収企業(売り手)と買収企業(買い手)の間の情報の非対称性が原因となり、「アドバース・セレクション」の状況が確認されています。例えば、信用度の低いスタートアップ、ベンチャー企業は、情報開示の進んだ上場企業よりも買収のターゲットになりにくいという調査結果がみられます。事業多角化などで企業買収を進めたところが、質の悪い企業を高値でつかまされるケースが多くなった結果、このような買収に対して慎重な姿勢がとられるようになった結果といえます。
当社が取り扱っている、プライベートエクイティのセカンダリー取引についても、同様の「アドバース・セレクション」の問題がみられます。上場企業とは異なり、取引されるファンドや、未上場株式については情報開示が限定的であり、売り手や発行体企業、もしくはファンドと買い手である当社の間には情報の非対称性が存在します。さらに、売り手には、高い価格で売却するインセンティブが存在します。
情報の非対称性が大きいと、「悪貨は良貨を駆逐する」状況が生じえます。一時的な売り手にとっては、質の悪い案件を高値で売ることにメリットがあり、その状況が一般化してしまうと、市場自体の魅力度が低下することになります。今後、市場が拡大していくと思われる、プライベートエクイティのセカンダリー市場を健全に発達させるため、しっかりした調査を通じて取引当事者間での情報の非対称性が少ない状況を創り出し、取引が安心して行えるプラットフォームを構築し、適正な価格設定を行うなどが必要になると思われます。私たちも市場参加者の一員として、「アドバース・セレクション」の問題が市場の魅力度を損なわないように行動していきたいと考えています。