私の場合、仕事の一環として、あるいは仕事のあいまに、月5回を超える講演、講義やパネルディスカッションへの参加をお受けすることがあります。国際的な会議の講演となると、英語でのスピーチや討論になるので、準備にも多少時間が必要になりますし、日本語であっても、テーマや内容によっては事前準備が欠かせません。また、場合によっては、異なる講演、講義のスケジュールが同じ日に重なることもあります。
コロナ前はスケジュール調整や管理が大変で、あるときは、地方での講演日を間違え、羽田空港のチェックインをして飛行機に乗る直前に、気が付いたアシスタントに呼び戻されたこともありました。これが、コロナ禍によるオンラインでの講演、講義の普及により、移動が少なくなったことで、格段にスケジュール管理が容易になったように思います。私程度の頻度でもそうですから、講演や講義を半ば本業にされているような方々については推して知るべしです。
更に、講演、講義の構成によっては、事前に収録を行った内容を当日に放映するという方法をとることが出来るようになり、ますますスケジュールの自由度が広がることになりました。その場合、これまでの本番一本勝負ではなく、(めったにしませんが)見直しや撮り直しまでが可能となります。このように、オンラインでの講演、講義が中心となったことによって、時間を効率的に使えるようになり、また、間違いの少ない内容をお伝えできる可能性が高まったことで、良いこと尽くしのように思えます。
一方、この環境に慣れてくると、幾つか気になる点も出てきました。例えば、講演、講義を聞いていただいている方のフィードバックが得られにくいという点です。話す側と聞く側が同じ場所にいることで、フィジカルにも心理的にも距離が縮まり、時には活発なディスカッションに発展することがあります。講義の内容よりも聴衆との対話の方が重要な情報を含んでいることも多々あります。オンラインであっても、対話は可能ですが、話しやすさは心理的な距離感によるものであり、心理的な距離は往々にして身体的な距離感と比例するように思います。
この年齢になっても、実際に皆さんにお会いしての講演や講義の際は緊張するものです。その緊張感は、理想的な話が出来なかったらどうしよう、つまらない話になって皆さんの役に立たなかったらどうしよう、失敗したらどうしよう、というような不安からくることが多いように感じます。ただ、その緊張感や、失敗したことに対する反省があるからこそ、改善や新しい工夫が生じると思っています。また、新しい発想は往々にして皆さんとの対話から生じるもので、その対話の内容は通常ランダムなものだと感じています。オンラインでの講演、ましてや事前に収録してのセミナーでは、このような対話は減るか、もしくは発生しません。
今後、バーチャルリアリティーの進化によって場所を問わずに、前述の不都合な点は改善される可能性も高いと思われます。しかし、コロナ禍によって突然もたらされたオンラインでの講演、講義の限界を感じるようになってきました。今後、フィジカルとオンラインを併せたハイブリッドでの会合も増えると思いますが、今回感じたメリット、デメリットを考えながら参加していきたいと思います。