シリコンバレー銀行は、1983年に設立された米国の商業銀行で、国内を中心にベンチャー企業やライフサイエンス企業の約半数を取引先に持つことで、近年急速に資産残高を増やし、2022年時点で資産規模2118億ドル(約30兆円)で全米16番目の銀行となっていました。同行の躍進の背景には、他の米国地銀との差別化として、スタートアップが起業する際の口座獲得に特化したことがあります。その後、金融緩和政策によって米国のスタートアップ企業に対する潤沢な資金供給がある中、同行の預金量が爆発的に増加し、2019年末の預金量617億ドルが2021年末には1892億ドルと3倍以上に増加していました。
一銀行が約17兆円もの預金増を2年間で成し遂げたのは驚くべきことです。このように、銀行にとっての調達である預金が急増した一方で、シリコンバレー銀行は、その資産の大半を米国債、モーゲージ債等を中心とする有価証券として保有していました。通常、銀行はその資産の大半を、担保があり価格変動の少ない「融資」と、リスクの比較的低い国債などの有価証券に分けて保有します。しかし、シリコンバレー銀行の取引先の多くはリスクの高いスタートアップ企業であり、貸倒リスクが高いことや、預金があまりにも急速に集まったことで、融資の増加が追い付かなかったことから、その資産の大半を米国債、モーゲージ債を中心とする有価証券にしていました。しかも、あまりにも急速な資産増加にポートフォリオのリスク管理の高度化が間に合わず、金利リスクをヘッジしないまま保有していたと思われます。
預金者の大半がバーンレート(月次のマイナスキャッシュフロー)の大きな米国スタートアップ企業であり、バランスシートの調達側が脆弱であったことと、米国の急激な金利上昇に対してバランスシートの資産側に備えがなかったこと、つまり、ALM(資産負債管理)の不備がシリコンバレー銀行破綻の本質であったと思われます。その後の破綻への道筋は、古くからある預金者の取り付け騒ぎと同様で、銀行の存続性に不信感を持った預金者による過度な資金回収が最終的なトリガーとなりました。
一方のクレディ・スイスは、チューリッヒに本社を置き、その設立は1856年と古く、167年の歴史を持つグローバル企業です。2022年末時点の総資産は5313億スイスフラン(約76兆円)でした。2020年末では8058億スイスフラン(約115兆円)と同時期には、シリコンバレー銀行の4倍近い総資産を保有しており、ブランドにおいても規模においても世界有数の金融機関です。クレディ・スイスの預金者は、スイスのプライベートバンクに資金を預ける富裕層、ファミリーオフィスや政府系金融機関(ソブリンウェルスファンド)、さらにはヘッジファンド等だったと思われます。スイスという安定中立国での立場を背景に、安定した預金基盤を持っていたはずのクレディ・スイスでしたが、近年は収益源であった投資銀行ビジネスにおける問題が表面化していました。
クレディ・スイスの投資銀行ビジネスにとって大きな損失と信頼の低下をもたらしたのは、2021年春に起きた、ファミリーオフィスである「アルケゴス・キャピタル・マネジメント」へのレバレッジ提供からの大型損失と、サプライチェーンファイナンスビジネスを展開していた英国新興金融機関「グリーンシル・キャピタル」の経営破綻に伴う損失の2つの事案でした。アルケゴス事件については、過剰なレバレッジを活用した顧客の運用に対して過大な融資を行ってしまったことが原因であり、グリーンシル事件については、過度にリスクの高いビジネスモデルに対して、顧客資金を含めた100億ドルもの投資を実施したことが原因であったと考えられます。いずれのケースも個別のビジネス案件に対する過度なリスクテイクが根幹にあり、したがって、組織としてのリスクマネジメントの問題であり、したがって、ビジネス上のガバナンスが欠如していたことが原因でした。
2021年春に起きた、この2つの問題がクレディ・スイスに与えたのは多額な金銭的な損失だけでなく、会社そのものに対する信頼低下でした。その信頼低下を加速させていたのが、過去に行われていた犯罪組織によるマネーロンダリング、政治汚職への関与、顧客データの大量リーク等の不祥事でした。これらの事象の積み重ねが今回の混乱の背景にありました。2022年のクレディ・スイスの自己資本比率は14.1%であり、比較的高い水準を保っていましたが、これらの事件と前週に起きたシリコンバレー銀行の破綻が重なったことで、クレディ・スイスの発行している債券及び株価が異常なほど下落し、市場の懸念が一気に加速したため、当局(スイス国立銀行)が市場の安定化に動かざるを得ない状況となったと言えます。
今回、地域の異なる2つの銀行が相次いで破綻に瀕したものの、米国ではFRB、スイスでは国立銀行が、それぞれ週末を活用して、預金保護、流動性供給を約束したことで市場に大きな影響を与えずに問題を処理しました。次回のコラムでは、今回の2つの事件の共通点や相違点を見ながら、今後市場にどのような影響が出るのかについて考えてみたいと思います。