このコラムを書き始めて18年目になり、過去のすべての原稿の中で「リスク管理」をキーワード検索してみると、50回ほどヒットしました。特に、投資ポートフォリオのリスク管理が話題になりやすかった2008年の金融危機時や、昨年のウクライナ情勢や米国シリコンバレー銀行の破綻等を受けてこの1年半での使用が増えています。投資のリターンの源泉には何らかのリスクが紐づいていること、つまりリターンとリスクは表裏一体であることを考えると、リスク管理の重要性は当然ですが、「リスク管理」に注目が集まるのは、市場に何らかの問題が起きた後であることが伺えます。
一方、金融機関などの機関投資家におけるポートフォリオ資産に対する市場リスク管理は、この20年で著しく発展してきました。1990年代後半から広く採用され始めたVaR(バリュー・アット・リスク)の導入によって、ポートフォリオの市場性リスクを定量的に管理することが一般的になりました。しかし、2008年のリーマンショック時には、特定の金融機関における巨額損失の発生を受け、イベント発生時におけるテイルリスク管理にはVaRが不適当であるとの認識が広まり、ストレステストによる補完を行うリスク管理が広まりました。
さらに、金融危機前後から機関投資家にとって、ヘッジファンドやプライベート資産等のいわゆるオルタナティブ資産への投資が一般的になるにつれ、市場リスクの把握について更なる高度化が求められるようになりました。特に様々な資産と複数の戦略を含むヘッジファンド運用のリスク管理の場合には、各ファンドのパフォーマンスがどのような市場や資産に影響を受けており、さらにどの程度、市場、資産以外の要素から影響を受けているかを分析する手法も用いられるようになりました。これらの手法を用いることで、複雑な戦略であっても、伝統的な資産と同様のストレスレストを実施することが可能になります。
ここで議論になるのは、流動性リスクの管理です。市場の流動性が急速に失われてしまう局面では、それぞれの資産の評価額が著しく毀損したり、現金化までの時間が極端に長期化する傾向にあります。そのような状況は稀であるため、どのようにリスク管理に取り込むかには未だに明確な回答はありませんが、前述のVaRの前提条件の変更やストレステストによる補完で何とかカバーしている状況です。
日々の取引が可能な価格が存在する上場株式や債券、さらにはそれらに投資を行うファンドについては、上述のように定量的な市場リスク管理手法が進化してきたように見えます。しかし、近年、急速に投資対象アセットとしての存在感を増しているプライベート資産である、プライベートエクイティ、プライベートクレジットや不動産については、未だに定量的なリスク管理には限界があるようです。理由としては、日次での価格変動の把握ができない資産ではVaR管理が出来ないこと。また、そもそも時価評価自体が困難で、長期保有が前提の資産であったり、不規則なキャッシュフローの発生するファンドへの投資にあたっては、時間加重収益率の把握が出来ず、金額加重収益率であるIRR(内部収益率)でのパフォーマンス計測が主であることなどがあげられます。
多様化する投資対象に応じて発展してきたリスク管理ですが、未だに発展途上にあります。また、投資家の資金属性、つまり負債側の特徴によっても管理するべき内容が異なります。金融市場におけるイベント発生の確率が上昇とともに、今後もリスク管理の高度化を図る必要があると考えています