第204回 < ウクライナ情勢について >
4年前のギリシアの暴動報道から始まった欧州財政問題の顕在化が日本のゴールデンウィーク前後に起きたこともあり、この時期には地政学的なリスクを原因とする市場の乱高下を警戒するようになりました。現在、地政学的に火種となる場所といえば、真っ先にウクライナを思い浮かべる方も多いと思います。しかし、ウクライナ情勢について、断片的な情報を持っているだけで、その複雑な歴史的背景や現状について理解している人は少ないのではないかと思います。筆者自身は、ウクライナ情勢に関して、今後の動向を予測するほどの情報量も理解も持っていません。そこで、本コラムでは、ウクライナ情勢の背景と現状について簡単におさらいをして、情報を整理してみようと思います。
少し調べるだけで、ウクライナの歴史は相当複雑だということがわかります。年表を見ると、まとまった国家としては西暦882年にキエフ大公国が建国されたのが最初とありますが、紀元前8世紀にはスキタイ族の国家として成立していたようです。その後、モンゴル、リトアニア、ポーランド等の当時の周辺諸国に組み入れられながら、徐々にロシア政府の影響下に置かれていきました。1917年のロシア帝政崩壊に伴い、ウクライナ人民共和国として独立しましたが、1922年のソビエト連邦結成に伴い、その一部に組込まれています。その後、ウクライナ地域は、第2次世界大戦下のドイツとソ連の間の最激戦地となったことから、国土は大きな被害を受けたようです。
大戦後、ウクライナ社会主義共和国は、ソ連邦における穀倉地帯として、ロシアに次ぐ2番目に重要な位置を占めました。1991年にソ連崩壊によって現在の独立国家ウクライナとしての地位を確立しました。当然、歴史的な経緯から、ウクライナはロシアの影響を強く受けていますが、ウクライナ領土の西部は、ポーランドやオーストリア・ハンガリー帝国に組込まれていた歴史が長く、欧州に対する親近感を持ち、ウクライナ語を話すようです。一方、石炭や鉄鉱石の産地として知られる東部はロシアの影響がより顕著であり、ロシア語を話す国民が大半です。最近話題になる親ロシア派と親欧州派の対立は、国内の東西対立でもあります。また、3月に住民投票が行われ、ロシアの実効支配が明らかになっているクリミア半島については、現在は住民の多くがロシア語を母国語とするロシア人となっています。
ウクライナ経済の規模はGDPが約1,700億ドルで人口は45百万人程度です。1986年にチェルノブイリ原発事故が領地内で起きたこともあり、決して豊かな国とは言えませんが、地政学的に非常に重要な位置を占めています。欧州に輸出されるロシアの天然ガスの80%、EU全体の輸入量の20%以上がウクライナ国土を通過していることから、国家、企業がエネルギー政策の観点から様々な思惑をもってウクライナ情勢に関与しています。ウクライナは、リーマンショック前までの外貨建て借り入れによる過度なレバレッジや、政府による汚職問題などで財政が大幅に悪化しています。更に、足下のロシア経済の低迷も貿易の大半をロシア向けに行っているウクライナにとってはマイナスに働いています。ウクライナは、ロシアから国際相場の5分の1という廉価でガスを購入し、欧州に転売することで外貨を稼いできましたが、ガス代金の未払いが続くことや、親ロシア政権から親欧州政権への転換によって、ロシアは廉価でのガス販売を停止しました。また、ロシア政府からの約1.5兆円の融資の借換えも難しくなります。IMFによる特別融資枠の使用も現状困難といわれており、融資資金の償還が迫る中、ウクライナの財政の資金繰りは、数か月単位の綱渡りの状態になっています。米国の債務保証は0.1兆ドルと言われており、頼みの綱はEUのみということになります。
このように、現在、ウクライナ情勢はかなり緊迫した状況を迎えており、ロシアの軍事介入や国内で頻発するデモ(テロ)活動による突発的なリスク以上に金融市場に様々な影響を与える可能性をはらんでいると思われます。もちろん、金融危機の再来は欧米だけでなくロシアの望むところではないものの、エネルギー政策や利権に関わる駆け引きはギリギリのところまで続けられる可能性があります。仮に、ウクライナが財政破綻(デフォルト)した場合、一時的には金融市場に大きなインパクトを与えると考えられます。同国の経済規模が小さいとはいえ、取引相手であるロシアや欧州への影響への懸念からリスク回避的な行動がとられると思われます。しかし、不思議なことに、現時点で市場はあまりウクライナ情勢を悲観していないように思われます。ウクライナ情勢に詳しく、現地での取引のある知人と話したところ、特に東側での商取引が凍結状態にあり、緊迫が続いているそうです。しかし、その彼も、今月の大統領選挙を契機に、欧米とロシアの落としどころが探られることで、状況が落ち着くものと推測していました。引き続き、ヘッジファンド等が本件についてどのような見方を行い、ポジションを持っているか、集中的に調査してみたいと考えています。