第177回  <  インフレーション・ターゲティングの効果はいつ確認できるのか ~ あるいは我々は極度のバブルの生成を抑制できるのか ~ >

私達がまだ見ぬバブルを恐れているのは、私達がこれまでに経験しているバブル崩壊後の長期に渡る景気停滞局面を、すなわち現状を恐れているからかもしれません。先進各国の後押しを受け、日本もほぼ無制限ともいえる金融緩和によって、長きにわたるデフレからの脱却を成し遂げるため、物価上昇率の目標値2%を目指すことになります。今回の政策による円安、金融緩和、消費税増税によって、私達はこのデフレ状態から脱出できる可能性は高いと思っています。米国の緩和政策の続行や欧州のリセッションによる低金利の維持が後押しをしている面もありますが、日本国内に官民をあげてのインフレーション・ターゲット政策と成長期待論が一致することで、現在ひとつのトレンドが形作られていると思われるからです。

多くの資産家や事業会社、さらには借金に押し潰されそうになっている日本国の立場からは、適度なインフレーションを伴う経済成長は福音となる可能性があります。結果として税収が増えるようなシナリオが考えられればなおさらのことです。事業会社や投資家にとっても、事業や投資のリスクが報われる環境となることは望むところであり、経済の活性化の可能性も秘めていると思います。何より、これまでなすすべも無くデフレを見守り、その中で厳しい生存競争に晒されてきた事業家や資産保全を第一とする守りの運用に徹してきた投資家から見れば、現在の政策変更は千載一遇のチャンスと考えられても不思議ではありません。景気が「気」から動くのだとすれば、明らかに今はその「気」が動き始めたところではないでしょうか。

ところで、2002年3月に日本銀行金融研究所の「資産価格バブル、物価の安定と金融政策:日本の経験」というタイトルの論文を見かけました。当時、資産価格バブルの生成と崩壊を振り返り、現在議論になっているインフレーション・ターゲット的な政策運営の是非について考察を加えた佳作だと思います。論文上では、日本の経済成長期の後期に現れた資産価格バブルの生成と崩壊を現FRB議長のバーナンキが自らの論文で当時から主張していた、インフレーション・ターゲット的な政策が抑制することが出来たかどうか、について冷静な検討がなされていました。明示的な結論は出ていませんでしたが、「ユーフォリア(景気の熱狂的陶酔感)」に包まれた状態では、経済のファンダメンタルズを合理的に評価した上でのバブルを見極めることは極めて困難であっただろうと結んでいました。

我々は今日、政策に起因する人為的なバブル生成の入り口に立っていると思われます。この状態を何ら否定するわけではなく、これまでの停滞感を吹き飛ばすほどの経済成長を成し遂げ、社会に活力が行き渡る世界に大いに期待し、その一翼を担いたいとさえ思います。しかし、金融業に従事する人間として、今回のバブル生成の過程が、前回のバブル崩壊へと辿る道筋と異なるためには何が必要かを考えざるを得ません。2-3年後に、あるいはその先に、いわゆる消費財を中心とした物価が安定していた場合でも、局所的に生じる金融バブルの発生には強い警戒感を持ちながら行動することが、資産運用業という観点からできる最低限のことかもしれない、と考えています。