第145回 < 日本のヘッジファンド業界について >
欧州の債務危機が市場を動かしはじめてから、だいぶ時間が経ちました。2009年の10月にギリシャの財政赤字の粉飾が明らかになり、2年の月日が流れる過程で、問題は欧州全域から更にグローバルの金融市場全体に伝播しました。足下、金融市場はやや落ち着きを取り戻しましたが、2011年は、世界中の投資家、資産運用会社にとって厳しい年となっています。2011年9月末には、ヘッジファンドへの解約も膨らみ、急成長の一途を辿っていたヘッジファンド業界も影響を受けています。このことは、グローバルで膨張し続けてきたマネーフローがやや収縮していることを暗示しています。
翻って日本人投資家の状況を見ると、長引く低成長、低金利、株価の低迷から、足下でも2000年のITバブル崩壊以降の低パフォーマンスが続いており、資産運用業界全体にも厳しい状況が続いています。過去10年以上にわたり、資産の目減りを抑え、損失をしない投資、つまり国債保有が結果的には優位な投資結果となりました。国内の低パフォーマンスを嫌い、海外へ流出していた投資資金についても、いち早く新興国投資を行えた投資家を除いては、継続的な円高や海外株式の下落の影響から、あまり高いパフォーマンスを出せていません。特に、最近では2008年と2011年の高い市場変動性が資産運用をより難しいものとしています。
そのような中、日本を投資対象とするヘッジファンド運用が非常に健闘していることは、あまり多くの投資家の目には入ってきていない事実かもしれません。2006年のライブドアショック以降、日本は中小型株の短期的なバブルが崩壊し、それまでの国内ヘッジファンド業界の主流となっていた、中小型株ロング、大型ショートのポジションを持ったファンドが損失を蒙り、当時、国内で成長しかけていたヘッジファンド業界が大きく減退しました。その一方で、2007年、2008年という日本国内では難しかった株式市場を切り抜けて生き残った運用者や、難しい相場を前提にして設立されたヘッジファンド運用会社の中には、非常に優秀なところが多く存在します。
彼らのうち多くの運用の特徴は、市場の方向性を取らない市場中立型ポートフォリオを貫いている点です。下げ相場が多い日本では、買持ち中心であれば、不利な状況になることは自明ですが、長期間グローバルの上昇市場に慣れた世界の株式ロングショート運用者の大半は、どうしても大きめな買持ちに傾く傾向があります。これに対して、多くの日本株特化型の日本人運用者は、過去の経験から買持ちにすることのリスクを知っており、どのように行動すべきかを学んできました。企業の資本構成の変更や、買収、合併、企業業績の発表に着目する運用に特化しているところもありますし、最近では、社債取引を中心とする運用者も出てきました。
グローバル金融市場に先駆けて起きた、日本の難しい市場状況に順応した結果、2008年を含め、足下までの日本国内のヘッジファンド運用会社の成績は、リスクとリターンの比較において、世界の中でも相当優位な立場にいます。しかし、現在の国内のヘッジファンド運用会社の運用資産残高は、世界のヘッジファンド業界の残高に比べて圧倒的に小額であり、グローバルの投資家の目にはほとんど入ってこないという事情があります。「ジャパン・パッシング」という言葉が象徴するとおり、グローバルの投資家は、年々日本に対する興味や調査にかけるエネルギーを落とし、中国に代表されるアジア諸国に注目しています。しかし、国内にもグローバルにおいて競争優位にある業種は数多く存在し、ヘッジファンド業界も実はそのひとつになりつつあります。
2011年10月半ばに、シンガポールでのヘッジファンド会議に参加したところ、例年に比べてアジアヘッジファンドへの注目度が落ちていました。9月末を終えて、欧州を中心とする投資家のリスク許容度が落ちていることと、最近のアジア(除く日本)のヘッジファンドの運用成績が振るわないことが理由かと思われました。このような状況を補完する意味でも、これらの優秀な日本のヘッジファンド運用者に対して、国内外の投資家資金を割当て、業界を徐々に成長させていくことが出来るのではないかと思っています。日本国内の資源は限られていますが、厳しい環境で鍛えられた人的資源を有効に活用し、金融業界での数少ない成長分野として、国内に独立系運用会社が育ち、彼らが海外投資家からの資金を含めて運用することは、今後の国内経済にとってプラスになるものと考えています。