第137回 < ユニークなヘッジファンド運用戦略について (3) >

本コラムを執筆中の今、海外出張に来ています。シンガポール、ロンドン、シカゴ、ニューヨークと既存投資先の運用者を中心に、現地のそれぞれのオフィスで30以上のミーティングを持ち、現状の彼らの投資行動を確認することが主な目的です。出張の様子と成果については、また次回以降のコラムでお話しすることとして、今回は、当社のファンドでも投資を行っているシンガポール拠点の運用会社の投資戦略について触れてみたいと思います。

同社の戦略は、所謂「クレジット」投資戦略に分類されますが、主な特徴は彼らが「アジア」のクレジット市場に特化して投資を行っている点にあります。一般的にクレジット市場への投資は、普通社債、転換社債、ワラント、クレジットデフォルトスワップ等の派生商品、また、米国中心になりますが、少し前のコラムでも触れた住宅ローン関連商品(モーゲージバック証券といいます)を通じて行われます。

日本では、東京電力が5兆円規模の社債を発行しており、その動向が注目を集めています。そのほかにも大手金融機関も大量の社債を発行しています。また、国内での円建て社債のみならず、海外でのユーロ建て、ドル建ても相当量の発行が見られます。このように、発行面で見るとボリュームは相当あるのですが、米国に比べると社債の市場取引、いわゆる「セカンダリーマーケット」は活発とは言えません。金利自体が低く、社債発行時の上乗せ金利も比較的低いことから、また、流動性が限られていることから、個人や機関投資家が積極的に市場取引を行う魅力が無かったと言えます。これは、歴史的に日本の企業が資金調達手段を銀行貸出しという、「間接金融」に大きく頼ってきたことも一因といえます。アジア各国の金融市場全般でも似たような状況が見られました。

しかし、最近、この状況に変化が見られます。特にアジアにおいては、金利の絶対水準が高いこともあり、また、2011年に入り株式が軟調に推移していることなども影響し、社債金利が10%を超えるケースが良く見られるようになりました。このため、一部の投資家が徐々にアジアの社債市場に注目しはじめ、結果として市場が活性化してきました。もちろん、直接金融先進国の米国とは比較になりませんが、その米国企業の社債を主な投資対象としてきた投資家が、より高い利回りを求めて質の高いアジア企業の発行社債へ投資を振り向け始めているように見えます。

このような動きを機敏に察知して、前述のシンガポール拠点のヘッジファンド運用者は企業財務が安定している割には高利回りの社債を発行している企業を調査し、安全だと確認できたところから投資を開始しています。10%以上という高い利回りを背景に、世界中の機関投資家からの注目が高まることで需要が伸び、価格も上昇するという好循環を捉えることで良好な成績が期待できる投資戦略となります。考えられる問題点は、クレジット市場に直接影響を及ぼす金融危機による社債価格の下落、流動性の枯渇や、アジア通貨の急落による純資産の目減り、および発行企業の破綻に直結するようなイベントになります。これらの事柄は長い目で見れば何らかの形で必ず起こりえる事象でもあり、注意が必要です。しかし、当該投資対象への世界の投資家からの注目度が限定的(先行者メリット)で、対象企業の財務自体が健全でレバレッジが低く(ダウンサイドリスク限定)、アジアの経済成長が人口動態により支えられている現状においては有効な戦略といえます。もっとも、現段階ではヘッジファンドの
投資戦略といいながらも、現段階ではヘッジをかけることのコストが高く、また、必要性も少ないという判断から、十分に熟練した投資家であれば、一部のアジア企業の社債をまとめて買うだけでも当面は同様の収益効果が期待できそうです。

この場合、私たちが求めるべき運用者の能力は、いかに安全な資産を背景にした高利回りの社債を「安値」で購入するか、また、いざ市場が下方向に振れたときに、クレジットデフォルトスワップや社債、もしくは株式の空売りを活用して損失を限定し、その時に安くなった債券を更に購入できる余力を残すことができるかです。したがって、当戦略のヘッジファンド運用者選びのポイントは、アジア地域での企業の調査能力に長けていること、その上で米国のクレジット市場でヘッジ取引を通じて市場の下振れリスクを回避した経験をもっていることの2つの能力を兼ね備えていることです。

今回のシンガポールでのミーティングでは、同戦略の運用者が現在の市場環境をどのように見て、自分たちのポートフォリオをどのように管理しているかなど、定期的なアップデートを聞くことも勿論でしたが、現在のアジア企業の社債への投資環境を好機ととらえ、共同での新ファンドの設立の可能性などについても話しあえる、良い機会となりました。