第134回 < ヘッジファンド投資家の変遷とリターンへの影響 (2) >
2011年現在、ヘッジファンド投資家として、存在感を高めてきた政府系ファンドや年金基金は、伝統的な資産運用会社と同じレベルの「情報開示」「説明責任」「最良執行」「善管注意義務」等をヘッジファンド運用会社に求めます。最大投資家層となりつつあるこれらの投資家の要望を踏まえ、ヘッジファンド業界も変わりつつあります。ヘッジファンド会社の調査を行うコンサルタントの起用が増加し、ファンド運用会社も、IR部門の設置やコンプライアンス機能の拡充などを通じて、投資家のニーズへの対応を迫られています。
一方、一部の運用戦略では歴史的に情報の非対称性と市場から得られる収益量に相当程度の相関関係が認められます。言い換えれば、情報開示を厳密に、また、広範な投資家に行うことで、期待収益率が低下する傾向も見られます。たとえば、市場の裁定機会に注目する運用会社が自らの行動を広く公開した場合、同様の収益機会に着目し、追随する市場参加者が増加することで、急速に収益機会がなくなる可能性があります。さらに、資金量が10年前の5倍ともいわれるヘッジファンド全体での運用総額が期待収益率を押し下げる傾向が見られます。
ヘッジファンド業界は、従来の運用スタイルからの受け皿として拡大を続けています。しかし、その拡大の影では、運用会社のコスト増加や、期待収益率の低下などが着実に起こっています。このような環境下、安定した絶対収益を求める運用会社として、投資家に対して差別化を示す手段も変わりつつあります。常に年間2桁のパフォーマンスを維持し、年によっては年率20-30%を超えるリターンを出し、株式インデックスがマイナスとなる場合でもプラスのリターンを維持するようなファンド運用会社も確かに存在します。しかし、このような運用会社の存在は大変稀であり、受け付ける資金量も限られています。さらに、このような運用会社でも将来にわたって同様のリターンを計上し続けることは不明ですし、事実、大変困難なものと思われます。
2桁パフォーマンスの年もあれば、若干のマイナスで年を終える時もあるという、多数の似通ったリターン特性を持つヘッジファンド運用会社にとって、いかに投資家の信頼を勝ち得るかが資金集めで他社を凌ぐ課題になります。最近では、顧客ニーズに応えるために、レポートを充実させる、頻繁にIRが投資家を訪問し詳しい情報を提供する、ウェブサイトを通じてタイムリーな情報提供を行う、投資家のニーズにあった別口座を開設する、といった様々なサービスが行われています。これらのサービスは無償ではなく、ファンド運用会社のコスト増加要因や、ひいては投資家側のコスト増加にもつながる可能性があります。
このように、多数の「商業化」したファンド運用会社が巷に溢れる中、運用のクオリティを劣化させずに、継続的に安定リターンを追求できるファンドを探し続ける努力が必要になると考えています。15年以上、ヘッジファンド運用会社を調査し続けてきた個人としての感覚からすると、クオリティの高いそれらの運用者、あるいは運用会社は、母集団の中に一定割合存在するというよりは、常に一定数しか存在しないような気がします。したがって、ファンド数が急速な勢いで増加しているような状況では、それらの運用者を探し出し、選定するのが、通常より大変な作業になります。
近年、ファンドが「商業化」したことの結果として、個別運用者の個性よりも、運用者が選択している「投資戦略」が最終的な投資家にとってのパフォーマンスに対して、より大きな意味を持ち始めています。言い換えれば、どのような市場環境下で、その戦略を選定するか、ということが、どの運用者を選択したか、ということよりも投資結果に与える影響が大きくなりやすいということになります。ファンド・オブ・ファンズ、あるいはヘッジファンドに投資を行う投資家全般に対して言えることですが、このような状況を踏まえ、近年ますます個別運用者選定と投資戦略選定のバランスを取りながらポートフォリオを構築することが、安定運用のポイントになってきていることが感じられます。
このように、ヘッジファンドに対する投資家の顔ぶれや考え方が変わってきた結果、ヘッジファンド自身も変容を迫られ、期待リターンにも影響が出てきました。日本でも、徐々にですが、金融業の成長戦略の一環として、新しい投資運用業の在り方について考える機運が出てきています。株式投資の期待リターンが見込めず、低金利の上、金利上昇懸念がくすぶる環境下では、遅すぎの感は否めませんが、しっかりとしたガバナンスを兼ね備え、個人、機関投資家の受け皿に相応しいヘッジファンド運用者の登場を期待し、また後押ししていきたいと思います。