第394回 < 経済産業省の未来人材ビジョン >
自社、あるいは投資先のことを考える際、事業計画や財務基盤についてよりも、多くの時間を割くのは、「誰」がそのビジネスに責任を持っているのか、についてです。創業者、経営陣、担当者それぞれのレベルで必要とされるスキルや知見は異なりますが、企業にとって「人材」が大きな成功に必要な要素であることは誰もが認識していることだと思います。
日本企業の多くが、高度成長期の終身雇用制度での成功体験を引きずってしまったことが人事・人材戦略の制約となってきた面があるにしても、「人事管理」の議論は進む一方で、最近まで経営戦略、事業価値の中で「人材を資本」とみなす考え方は出ていなかったと思われます。
米国においてSEC(米証券取引委員会)が2020年8月に「人的資本」の開示方針を開示し、11月にはすべての上場企業に対して情報開示を義務化しました。これに合わせるように日本でも、2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂時に「人的資本」に関する情報開示という項目が追加されました。この流れは当時の新聞でも大きく取り上げられ、上場企業の取り組み事例も紹介されたと記憶しています。
最近、日本での人的資本経営に関する議論の起爆剤となったとも言われる、経済産業省主催の「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の報告書(通称、人材版伊藤レポート)の続編といえる、「人的資本経営の実現に向けた検討会」の報告書(通称、人材版伊藤レポート2.0)、及び同時に経済産業省から開示された「未来人材ビジョン」を読む機会がありました。
報告書の中では、「いま企業は持続的な企業価値向上に向けて人材戦略を変革していく必要に迫られている」という問題意識のもと、「経営戦略と人材戦略の連動」を推奨しています。その中では、CHRO(Chief Human Resource Officer: 経営陣の一員として人材戦略の策定と実行を担う責任者)の設置や企業の指名委員会委員長への社外取締役の登用といった具体的なアイデアが示されています。
一方、経済産業省の「未来人材ビジョン」の中では、今後明らかに生産年齢人口が減少(2050年に現在の3分の2)する日本においては、社会システム全体の見直しが不可避であること。その際、雇用・人材育成と教育システムを一体的に議論する必要があるとしています。例えば、これから求められる人材像として、「常識や前提にとらわれず、ゼロからイチを生み出す能力」、「夢中を手放さず一つのことを掘り下げていく姿勢」、「グローバルな社会課題を解決する意欲」、「多様性を受容し、他社と協働する能力」を挙げ、求められる能力としては、「問題発見力」、「的確な予測」、「革新性」等を挙げています。
このレポートの中では同時に、日本の労働市場が置かれている状況を、国際比較等を使って俯瞰しています。例えば、日本企業における従業員エンゲージメント(個人と組織の成長の方向性が連動していて、互いに貢献しあえる関係)が世界全体でみて低水準であることや、海外留学生が減少していること(2004年から日本は30%減少、中国は3倍)、女性管理職の少なさ等についてです。これらの事実を踏まえたうえで、上述の人材版伊藤レポート2.0で議論されている、「人事戦略と経営戦略の連動」の具体策が例示されています。例えば、ジョブ型雇用やインターンシップ、外国人材の登用の推奨です。加えて、教育の領域にも踏み込み、デジタル時代での教育は、「知識」の習得に加えて「探究(知恵)力」の鍛錬が必要であることを強調しています。また、教育については、教育機関にだけその責任を押し付けるのではなく、企業が教育に主体的に参画することを推奨しています。
今回の報告書は、経営の観点、投資の観点双方でたいへん勉強になる内容だと思います。日本の労働市場の問題点を挙げ、ただ憂慮するのではなく、自らが教育、人材戦略に参画することの必要性をあらためて考えさせられました。