第409.410回 統合版 < シリコンバレー銀行とクレディ・スイスに起きたこと >
2023年3月は2つの銀行の問題が顕在化した月として、今後長く市場関係者の記憶に残る可能性があります。シリコンバレー銀行の破綻と、その翌週に起きたクレディ・スイスの経営危機を起因とするUBSによる買収合意は、現象面を見れば、2008年に起きた米国投資銀行ベア・スターンズの経営危機を起因とするJPモルガンによる救済買収と、その後に起きたリーマン・ブラザーズ破綻を彷彿させるイベントでした。
シリコンバレー銀行は、1983年に設立された米国の商業銀行で、国内を中心にベンチャー企業やライフサイエンス企業の約半数を取引先に持つことで、近年急速に資産残高を増やし、2022年時点で、資産規模2118億ドル(約30兆円)で全米16番目の銀行となっていました。同行の躍進の背景には、他の米国地銀との差別化として、スタートアップが起業する際の口座獲得に特化したことがあります。その後、金融緩和政策によって、米国のスタートアップ企業に対する潤沢な資金供給がある中、同行の預金量が爆発的に増加し、2019年末の預金量617億ドルが2021年末には1892億ドルと3倍以上に増加していました。
一銀行が約17兆円もの預金増を2年間で成し遂げたのは驚くべきことです。このように、銀行にとっての調達である預金が急増した一方で、シリコンバレー銀行は、その資産の大半を米国債、モーゲージ債等を中心とする有価証券として保有していました。通常、銀行はその資産の大半を、担保があり価格変動の少ない「融資」と、リスクの比較的低い国債などの有価証券に分けて保有します。しかし、シリコンバレー銀行の取引先の多くはリスクの高いスタートアップ企業であり、貸倒リスクが高いことや、預金があまりにも急速に集まったことで、融資の増加が追い付かなかったことから、その資産の大半を米国債、モーゲージ債を中心とする有価証券にしていました。しかも、あまりにも急速な資産増加にポートフォリオのリスク管理の高度化が間に合わず、金利リスクをヘッジしないまま保有していたと思われます。
預金者の大半がバーンレート(月次のマイナスキャッシュフロー)の大きな米国スタートアップ企業であり、バランスシートの調達側が脆弱であったことと、米国の急激な金利上昇に対してバランスシートの資産側に備えがなかったこと、つまり、ALM(資産負債管理)の不備がシリコンバレー銀行破綻の本質であったと思われます。その後の破綻への道筋は、古くからある預金者の取り付け騒ぎと同様で、銀行の存続性に不信感を持った預金者による過度な資金回収が最終的なトリガーとなりました。
一方のクレディ・スイスは、チューリッヒに本社を置き、その設立は1856年と古く、167年の歴史を持つグローバル企業です。2022年末時点の総資産は5313億スイスフラン(約76兆円)でした。2020年末では8058億スイスフラン(約115兆円)と同時期には、シリコンバレー銀行の4倍近い総資産を保有しており、ブランドにおいても規模においても世界有数の金融機関です。クレディ・スイスの預金者は、スイスのプライベートバンクに資金を預ける富裕層、ファミリーオフィスや政府系金融機関(ソブリンウェルスファンド)、さらにはヘッジファンド等だったと思われます。スイスという安定中立国での立場を背景に、安定した預金基盤を持っていたはずのクレディ・スイスでしたが、近年は収益源であった投資銀行ビジネスにおける問題が表面化していました。
クレディ・スイスの投資銀行ビジネスにとって大きな損失と信頼の低下をもたらしたのは、2021年春に起きた、ファミリーオフィスである「アルケゴス・キャピタル・マネジメント」へのレバレッジ提供からの大型損失と、サプライチェーンファイナンスビジネスを展開していた英国新興金融機関「グリーンシル・キャピタル」の経営破綻に伴う損失の2つの事案でした。アルケゴス事件については、過剰なレバレッジを活用した顧客の運用に対して過大な融資を行ってしまったことが原因であり、グリーンシル事件については、過度にリスクの高いビジネスモデルに対して、顧客資金を含めた100億ドルもの投資を実施したことが原因であったと考えられます。いずれのケースも個別のビジネス案件に対する過度なリスクテイクが根幹にあり、したがって、組織としてのリスクマネジメントの問題であり、ビジネス上のガバナンスが欠如していたことが原因でした。
2021年春に起きた、この2つの問題がクレディ・スイスに与えたのは多額な金銭的な損失だけでなく、会社そのものに対する信頼低下でした。その信頼低下を加速させていたのが、過去に行われていた犯罪組織によるマネーロンダリング、政治汚職への関与、顧客データの大量リーク等の不祥事でした。これらの事象の積み重ねが今回の混乱の背景にありました。2022年のクレディ・スイスの自己資本比率は14.1%であり、比較的高い水準を保っていましたが、これらの事件と前週に起きたシリコンバレー銀行の破綻が重なったことで、クレディ・スイスの発行している債券及び株価が異常なほど下落し、市場の懸念が一気に加速したため、当局(スイス国立銀行)が市場の安定化に動かざるを得ない状況となったと言えます。
シリコンバレー銀行は、2023年3月10日にカリフォルニア州の金融当局によって営業停止命令を受け、即座に連邦預金保険会社(FDIC)の管理下に置かれました。その前々日の3月8日にはシルバーゲイト銀行が、また、3月12日にはシグニチャー銀行が閉鎖されるという一連の破綻劇が起きる中、米国金融当局は極めて迅速に対応を行いました。その後、数週間の検証では、シリコンバレー銀行の経営陣が、金利リスク、流動性リスクを効率的に管理していなかったこと、銀行の急成長に対応できる内部管理制度の不備があげられました。さらに、シリコンバレー銀行については、2021年12月に行われたサンフランシスコ連銀の監査によって、「流動性ストレステスト」、「危機時の資金調達」、「流動性リスク管理」が指摘され、その後の監査でも、「内部監査制度の問題」や「不十分な取締役会の監督」が問題として指摘されていたそうです。
このような予兆が見られた中、今回、FDICと米連邦準備制度理事会(FRB)のスタッフは3月9日に状況把握と対応について協議しており、10日にFDICに対して巨額の預金流出が伝えられたことで、同日の午前中にはFDICがシリコンバレー銀行の資産を引き継ぎ、さらに売却までの繋ぎ銀行「Deposit Insurance National Bank(DINB)」の設立を決めました。繋ぎのための銀行は、翌週月曜日の13日に営業を開始し、すべての預金者の引出しに応じることになりました。バイデン政権、当局は、中小銀行への影響の伝播と金融危機への発展を警戒し、危機時に素早い対応を行ったことで問題を防いだと評価されます。また、3月26日には、ノース・カロライナ州の地銀であるファースト・シチズン銀行が総資産1670億ドルと預金1190億ドルをシリコンバレー銀行から引き継いだDINCを引き受けることが発表されました。これによって、今回の米国地銀の破綻を発端とした金融危機は、一旦回避されたように見えます。
しかし、2008年の金融危機時の教訓を背景に制定された「ドット・フランク法」が中小銀行への負担になっているという理由で、トランプ政権下に一部規制緩和がなされ、資産100億ドル以下の銀行でのストレステストが免除されていたことが、今回の問題の原因の一つとも言われています。米国金利上昇が続けば、同様の破綻の危機に瀕する銀行は約200行あると言われており、未だに予断を許さない状況が続いています。
クレディ・スイスの問題が浮き彫りにしたことも、長らく続いた金融緩和で膨張した資産に対するリスク管理、内部統制の欠如であったように思われます。今回、FRB同様、スイス国立銀行の迅速な対応とUBSによる救済合併という形態によって、リーマンショックのような事態は回避されました。しかし、今後も金融機関の難しいかじ取りは継続することになり、すべての金融機関を監督当局が管理することは困難かとも思われます。
歴史も地域もビジネスモデルも異なる2つの大規模銀行が、突然、相次いで破綻したことは注目に値します。いずれの銀行も直前まで高い自己資本比率を維持しており、2022年末の財務情報を見る限り、当局が定める資本保全がなされていたにも関わらず、預金者、市場参加者からの信頼を急速に失ったしまった結果の出来事です。今回、これまでの金融危機の教訓から、監督当局や市場参加者が事態を迅速に把握し、週末を活用してFRB及びスイス国立銀行が預金保護や流動性供給を迅速に行う旨のアナウンスをしたことで、市場への影響は限定的であったように見えます。しかし、急激な金利上昇による資金の逆回転が今回で終わったとは思われず、今後も似たような事案とともに当面の間、市場のセンチメントが悪化する可能性が想定されます。今回の事件を踏まえ、データ、数値だけに囚われず、市場環境を俯瞰し、また、想像力を働かせて投資のリスク管理を心掛けたいと思います。