「春の風物詩」と掛けて「今どきの本人確認」と解く。そのこころは
私の住む浅草ではこの週末に三社祭があります。5月の浅草の風物詩、というには有名すぎる日本で有名なお祭りのひとつではありますが、この時期になると、春と言うよりは初夏の匂いすらする、いい季節になったと、いつも思うのです(が、例によって遅筆なため、前回の記事から大分時間が経ち、この枕も「桜が風に吹かれて舞い散る頃となり」なんて書いたのを書き換えているのは実は秘密です)。
春といえば引越しのシーズン。
さて、5月のこの時期にお祭り以外にあちこちで見られること、といえば転勤に伴う転居、ということで新しい土地で新しい生活を始める人も少なからずいらっしゃるかと思います。新しい住所の自分になるということで、実は色々と手続きが必要でして、今どきはおまとめサービスで簡単かもしれませんが水道とガスと電気の契約を契約して、これまた今どきは携帯電話があるから契約しないという選択肢もあるかも知れませんが電話とインターネットの契約をして、もちろん新しい住まいを買うか借りるかして、でも、それ以上にやらねばいけないのが住民票の移動(と印鑑証明の登録)です。これをしないと、お子さんの学校の転校手続きに進めない、など新しい土地での行政サービスが受けられなくなる、という結構面倒なことになってしまいますが、それ以上に新しい住所での住民票が出ないと銀行や証券、保険のような金融サービスは元より、一番身近で身分証明書として使われる運転免許の住所更新が出来ません。
身分証明がより大事になったのはなぜ?
さて、なぜ住所変更と身分証明書の話になってきたかと言いますと、実は、以前この小噺でも触れたことがありますが、世の趨勢としては資金洗浄やテロ、犯罪組織等への資金流入に厳しくなっていることから、お金の流れの絡むところ– 口座開設から取引まで –での本人確認が日に日に厳しくなって来ているのです。特に今年はラグビーのワールドカップが来るだけでなく、このような資金洗浄防止体制が世界で求めている基準を満たしているかを確認する査察団も日本に来ますので、金融関連の当局はもとより業界団体も各業者に対する体制の整備をより強く求めています。その時に確認されるのが、この口座の持ち主は今も本当にその当人であり、その人が今も犯罪組織等に関与がないこと、そして今も適切な税務申告を行える情報の提供を行っているか、という3点です。
あなたがあなたである証明って?
例えば、もしあなたが日本の銀行と取引を始めるとするとその銀行に口座を開設することになりますが、その際にまず本人確認をします。それは、口座を開けようとしているのが本当にあなたであって架空の人物として口座を開けていないか、また誰かに成りすまして開けていないかを確認するする意味も含まれています。そこを考えるの?と思われたかと思いますが、悪意を持った人は通常予想もしないことを考えて目的を実行するものなのです。
続いて、あなたが口座を開設して取引をする目的を確認します。生活費の管理をしたい、老後に向けて貯蓄したい、などあると思います。でも、悪意を持った人が素直に資金洗浄するため、と答えてはくれません。そこで、そういう意図を持ち得る人、犯罪による収益を得る可能性のある人、の金融機関での取引を禁止する法律、犯罪収益移転防止法、があり、金融機関などはそれに基づいてあなたがその可能性のある組織等に所属し、もしくは関係を持っていないことをすることが義務付けられています。もちろん、通常であればそれに関する情報提供を拒否する理由がありませんから大丈夫でしょうけれども、もしそういう人なら調べられることを拒否するか何らかの手段に訴えて情報提供を妨げようとするでしょう。でも、関与がないことを自らが証明しない限りは口座が開けられませんし、拒否したところで金融機関は独自に調査するのでその結果を持って(でも、その理由を開示する義務を持たないので多くを語ることなく)口座開設を拒絶することになります。
世界はさらに厳しく。。。
ただし、世界的な標準で言えば実はこれでは不十分です。資金洗浄の需要があるのはそのような国内の広域指定暴力団やその関連組織、それに類する活動を行う個人等に限りません。いわゆるテロ組織もそうですし、海外ではPEPs (politically exposed persons – 政府高官等の公的に重要な地位を占める自然人)もその監視対象とされています。日本においては最近でこそやっとISIS のような有名なテロ組織や外国PEPs に対する監視の強化に動き出しています(ので、当社でもそういう観点での調査も手探りながら行っております)。
誰も触れたくなく、触れられたくない話。それは。。。
さて、最後の関門がやって来ました。どこで税金を納める義務があるのか、そして税法上の個人情報の開示を求められます。とはいえ、通常の日本の個人であれば個人番号と、それは本当に自分に紐付いたものであることを証明する資料を提出することになります。単純に言えばマイナンバーカードを呈示すればいいだけですが、マイナンバーカードの普及が進んでいない現状では個人番号通知カードと前述の本人確認書類とのセットでその本人と個人番号の紐づけを確認することになるのが一般的です。当然拒否すれば口座開設が出来なくなりますし、無くしたという言い訳も通用しません。
法人って実は大変!
個人ならばこれで簡単なのですが法人になるとちょっと面倒です。法人にも法人番号があるのでそれで終わり、と思いがちですが、法人はその経済活動を動かすには個人の意思と行動が必要で、その結果の果実である経済的利益を享受するのも個人ですから、法人に関する調査はその企業を動かし、その利益を最終的に得ることになる個人の特定が必要になります。では、そのような個人とはどういう人と位置づけられているでしょう。
会社の決定権を持ち、その経済的利益を享受するのは株主や合同会社の社員持ち分を所有する、いわゆる株主や社員です。そのうちある程度の割合を保有することでその意志通りに動かせるだけの持ち分とはどれくらいでしょう。多数決の原理が働くことを考慮すれば過半数、即ち50%以上を持てば良いことになりますから最低でも過半数を持つ人は調査対象になることが分かります。この場合直接持つだけでなく親会社と孫会社の関係のように間に一つ法人を挟むような間接的な所有も実質的な支配においていると見ることが出来ますので、そのケースも対象となります。
では、50%未満なら良いかといえば、複数の人が共同で過半数を持ち動かすことが出来るようになりますから、そのようなケースも含む必要が出てきます。ではどのようなケースを想定すべきでしょう。日本では 50%以上の株式を直接、間接問わず保有する個人がいない場合には25%以上の株式を直接、間接問わず保有する個人の開示を求めています。なぜならそのような保有比率の個人二人が共同で50%以上の保有比率を活かして支配的地位に立てるから、です。
世界の税務調査って?
因みにFATF によるガイドラインでは、この基準となるについては25%以下であれば各国の裁量により決められるとされていることから問題はない、と考え得るのですが、24.9%の保有比率を持つ株主が3人集まって共同で支配権を行使できる地位に立つことが出来ますから、果たして25%の基準が充分かという疑問が出てきます。実際、ケイマン諸島を含む多くの国で10%を基準に置いているのは5人のグループによる事実上の支配的を前提に考えていた、より保守的な税務情報の収集を前提にあると見て良いでしょう。
さて、この税務情報の問題はこれだけに留まりません。世界的な税務情報交換の仕組み、AEOI に基づく共通報告システム(CRS – Common Reporting Standard)のための情報提供義務により、 そして米国における外国口座税務コンプライアンス法に基づく情報提供義務により、 それぞれが求める個人や法人に関する税務情報の提出を求めていますので、それらを受領、保管し、必要に応じて提出できるようにする義務を負っています。
ちなみに、個人も法人も国内のルールに基づいて必要とされる情報があればCRS への対応としても足りるのですが、もし米国籍の株式や投資信託の取引をするなど、米国内の資産に対して投資・保有する結果、米国に対する納税が必要になる可能性があれば米国IRS (Inland Revenue Service=内国歳入庁) の求める適切なW8 formを提出することになります。それによってこの提出したフォームに基づく源泉徴収と納税・報告義務を金融機関が行うことになりますし、これがないと、金融機関はそのような米国内の資産の売却時の代金(想定される売却時に発生する利益の、ではなくですよ)から30%を源泉徴収せねばならないことになっています。
まとめ – 怖いことを言いましたが
これらの個人情報の提供が金融取引、といっても銀行口座をあける、というだけで求められる世の中になってきました。なんと面倒な、という声が聞こえてきそうですが、これがもしファンド投資を始めよう、といった場合には、この他に投資家としての属性を問われるというまたさらに面倒なお話もあります。ですが、これは本当に長くなる(この数ヶ月に渡って私が忙殺された)話ですので、それはまた、別の機会に。。。