第141回 < 米国債格下げの影響 >
米国債格下げから約3週間が経ちました。前回のコラムでも触れたように、米国債格下げ自体が2008年のリーマンショックに端を発した金融危機と同様の展開につながると見る向きは少ないと思われます。今回の株価調整に際しては、欧州のソブリン問題が本命であり、米国債格下げを直接の原因と見るのは不適切かもしれません。また、金融不安が同じ原因や同じ形で起こることもないので、2008年の金融危機に至る経緯と今回の状況を単純に比較することは困難です。しかし、それぞれの市場の反応を比較することで、現在の投資家のリアクションや今後の動きの参考とすることができるかもしれません。
まずは、2008年の金融危機時の米国株価指数(S&P500)の動きと今回の動きを比較してみます。リーマンが破綻申請を行ったのは2008年9月15日で月曜日でしたが、14日の日曜日には既に発表がありました。12日から15日にかけてのS&P500は4.71%の下落でした。その後も株価は下げ止まらず、2週間後の29日には、さらに7.24%下落(12日からは11.61%の下落)し、約2ヵ月後の11月20日に最安値をつけた際には、9月12日から株価指数は39.9%下落しました。
今回、8月5日の市場終了後に米国債格下げが行われてから、翌営業日の8月8日までにS&P500は6.66%下落しましたので、最初のインパクトはリーマンショック以上だったかもしれません。しかし、その後のリアクションは異なります。2週間後の8月22日には、8日からやや持ち直し、8日からの下落率は6.3%にとどまります。今後の情勢は不透明ですが、2008年時のように、ここから株価が30%下落するような事態は起こり難いと思われます。これは、前回のコラムでも述べましたが当時と今とでは、グローバルの投資家のリスク許容度に大きな違いがあると思われるからです。
2008年は米国を中心とする大方のグローバルの投資家がパンパンにリスクを張っている状況でした。また、構造的にレバレッジのかかりやすいサブプライム関連のデリバティブ金融商品や、その他のクレジットデリバティブが全盛でした。一方、今回のイベント時には、2008年の金融危機の記憶が強く残っている中、レバレッジの高いリスク商品はあまり投資家に浸透せず、米国の金融機関も各種規制の影響からリスク商品の売り手としても買い手としても存在感が大きかったとは言えませんでした。
やや短期的な動きをするヘッジファンドを見てみると、5月、6月に欧州の債務問題がクローズアップされ、リスク回避ムードが高まっていたため、リスク量は全般的に控えめになっていた状態から、7月に欧州問題が落ち着いたところでリスク量が徐々に上がってきた矢先の出来事でした。したがって、特に株式とクレジットを投資対象としているファンドの中には、8月に大幅な損失を計上したところも見られました。しかし、2008年と大きく異なるのは、流動性が問題になるような投資が多く見られないという点にあります。したがって、ショックからの立ち直りは前回に比べて相当に早いと思われます。結果として、2008年のように、株価指数がリーマン破綻後2ヶ月を経過するまで大幅に下げることはないと思われます。
しかし、S&P500の変動率のインデックスであるVIX指数を見てみてみると、2008年9月15日以降の2週間と比較して、今回は若干高い水準で推移しており、現時点では予断を許さない状況は続いています。また、米国をはじめとする先進国の景気低迷や、物価上昇圧力がある中での金融緩和的な政策が引起すスタグフレーションへの懸念など資本主義経済を取り巻く環境は問題山積みです。
前回のコラムでも触れたように、個人、機関投資家のみならず企業経営者や当局も資産運用に関しては、低リターンを前提とした防衛的な方針や施策を検討する必要があると思います。勿論、成長戦略には積極的な投資が必要ですが、目先のハイリターンを求めるには、資本市場の不安定要素が高まっていると感じられます。一方、このような環境下でも投資のタイミングや運用方法次第では投資の好機は訪れるので、その機会を逸さないためにも、投資の回転率を上げて、より市場を注視していきたいと思います。
という話をしていた矢先、8月24日にムーディーズによる日本国債格下げが発表されました。しかし、最初のリアクションとしては、円は売られず、株価の反応は極めて限定的であり、国債も買われる状態です。アメリカと日本の違いが大きく、S&Pとムーディーズの影響力が異なるとしても、先進国国債の格下げがほぼ既定路線となり(反対に新興国債券が格上げされる状況が恒常化し)、投資家を含め関係者は、この流れと緊張感を持ちながら付き合っていくことになりそうです。