第139回 < 海外出張報告 (2) >
ヘッジファンド投資戦略の中には、為替やコモディティに特化しているものがあります。これらの特化型の運用者は、一般的にその分野での投資経験が豊かです。特定資産の専門家である彼らとの面談は、彼らなりの市場の見方を学ぶよい機会となります。為替市場に関して言えば、主要取引であるドル/ユーロを中心に、一日に4兆ドル(約320兆円)もの取引が、世界中の政府、金融機関、事業会社、個人によって、それぞれの理由で行われています。この分野でリターンをあげ続けるためには、多少の情報優位性があるくらいではほとんど意味がないことは容易に想像できます。したがって、為替に特化した運用戦略で長期にリターンをあげている運用者の大半は、所謂「システマティック・トレード」を行うところが主流になっています。
「システマティック・トレード」の中でも多く見られるのは、市場に対する予見や経済動向などから得られる情報を一切使わずに、過去から現在までの「値動き」データのみに基づき、モデルを構築する手法です。「買い」シグナルや「売り」シグナルは、それぞれの運用者が定めるモデルに従います。モデルは、それぞれの為替の値動きの方向性や、市場の変動性の持続性や変化に反応してシグナルを出しますが、モデルの設計者がシグナルを出すためのタイミングや値幅をどのように設定するかによって、出現のタイミングが異なります。長期間通用するモデルもあれば、短命に終わるモデルもありますが、多くの場合、状況に応じて弛まないモデルの改善が行われています。
一方、為替だけを扱っていても、設計したモデルに頼るのではなく、職人技的に運用者の判断で売買のタイミングを決めているファンドも少ないながらも残存します。彼らは、各国の経済ファンダメンタルズを手がかりに売買判断を行います。今回、ミーティングを持った運用者は、高金利かつ資源国通貨ということで、昨年からオーストラリアドルを円とドルに対して買い進んできましたが、今年5月以降ポジションを減少させ、今度は債務問題が顕著になっているユーロをショートにしながら北欧通貨や高金利通貨をロングにするというポジションを取っています。5月末以降では、イギリスの緊縮財政が景気に悪影響を与える懸念が高まってきたという理由から、ポンドをショートの中心に据え始めています。これらの取引は、6月末時点では決して市場参加者の主流とは言えるものではありませんでした。
職人技的な運用者の裁量による取引は、多くの市場参加者のコンセンサスに流されにくい取引といえるかもしれません。したがって、いざ市場が大きく反転し、多くの運用者がストップロスによる損益確定を行う取引により傷口を広げるようなときに、プラス、ないしは損失を限定する可能性が高いことになります。2011年6月末時点では、大多数の為替関連戦略が、ここ数年ためてきたキャリートレード(高金利通貨買い、低金利通貨売り)の反転懸念が現実のものになりつつありましたが、ユーロの調整と同時にリスク回避的な動きが出ています。このような状況にいち早く対応できるのは、過去のデータに依存する、「バックワードルッキング型」のモデル運用よりも、足下の動きや自らの相場観を重視する「職人技的」な運用者かもしれません。
大量の取引量を誇る為替市場と異なり、商品先物市場は非常に小さな市場です。特に、膨大な取引量を持つ現物市場と比較すると、商品先物市場の小ささは際立っています。それでも、昨今の商品市況の高騰により、ヘッジのニーズや、インデックス取引の活発化を背景に取引量は伸びてきています。(残念ながら日本の商品取引所の取扱量は減少していますが。
商品取引に特化したユニークな運用会社も存在します。今回訪問した先は、コモディティ特化型運用会社の中でも、特に穀物関連商品である、コーン、大豆、カノラ油(菜種油)等を中心に取扱いながら、エネルギー関連や貴金属まで取引します。彼らがユニークなのは、会社としてもミネソタに広大な農地を保有し、フルタイムの農作専門の社員を擁していることです。毎日の作付け状況や天候、売上単価や売行きの状況、そして正確な在庫量までリアルタイムで把握することができます。商品価格は、これらのファンダメンタル情報によってのみ決められるものではなく、投資家需給によって左右される色合いの強いものです。ですから、一般的には、商品関連の投資戦略も為替関連戦略と同様に価格情報だけをもとに売買を行う投資戦略が中心です。しかし、相場の転換点など、ある特定の局面では、ファンダメンタル情報が優位に働くケースがあります。
2011年5月から6月にかけての欧州債務問題はいまだに決着していません。米国景気も回復の方向性を弱めています。日本でも政治の機能不全や電力不足など問題山積です。従来型の投資戦略が機能しにくい場面も多く見られます。そのような市場環境の中では、10-20年単位の景気サイクルを生き抜いてきた特定のアセットクラスの職人たちと話し、彼らの考え方を取りいれることは非常に有意義だと感じています。