第132回 < 原発問題と排出量取引の未来 >
今回の地震、津波で被災された皆様、それに続く原発問題で影響を受けている皆様に心よりお見舞いを申し上げます。また、復旧、復興に取り組まれている皆様を義援金等を通じて応援するとともに、これまで以上に真摯に自らの業務に取り組んでまいりたいと思います。
これまでのコラムで、排出量取引を含めた環境分野への投資について取り上げてきました。その中で、「環境先進国」日本が、2012年に期限を迎える「京都議定書」に続くルールを率先して形作る機会があると考えていました。当社のコンセプトである「代替投資」の一環として、また、社会的責任投資の一部として、環境関連投資は一つの大きな可能性のある分野だと考えています。しかし、今回の原発問題は、これまでの世界中での温暖化ガス削減の議論を振り出しに戻しかねない大きな事件となりつつあります。2011年4月5日付けの日経新聞の一面にも取上げられている内容ですが、本件の内容、重要性について私なりに解釈してみたいと思います。
地球温暖化ガス削減の大きな効果が見込まれる、火力発電から「クリーンエネルギー」への転換ですが、風力、水力、太陽光への転換にはコスト面や技術面から削減量に限界があることは従来から議論されてきました。特に、人口が増えている中でエネルギー需要の減少が見込みにくい地域は言うに及ばず、経済的成長を標榜するがゆえにエネルギーが増加傾向にある先進諸国において、削減目標を達成するためには原子力発電への依存度を上げることが暗黙の前提となっていた感があります。今回の事件で、その点が浮き彫りになりました。
二酸化炭素等の温暖化ガスを排出しない「クリーンエネルギー」の中に原子力発電を含めるかどうかということでは常に大きな議論がありました。事実、原発は温暖化ガスを排出しない発電方法ですが、スリーマイル島、チェルノブイリを通じて、地域住民のみならず、広範囲の人々が放射能のリスクを負うことは周知の事実でした。この方法を許容すべきか否かとういう議論が今回の福島原発問題をきっかけに再度大きく取上げられることになります。米国ではいち早く、原発開発を維持する旨が政府から伝えられていますが、隣国フランスの原発依存度に危機感を抱くドイツなどでは相当のアレルギーがあると思われます。
今回のことで、日本は少なくとも震災復興に伴うエネルギー需要を主に火力発電に頼らざるを得ません。新設、始動予定の原発は言うに及ばず、現在稼動中の原発に関しても再考されることになると思われます。その中で、京都議定書の目標である1990年(基準年)対比での排出量6%削減の達成は困難であろうことも明らかです。このような状況を踏まえて、市場で取引されている排出量価格が上昇しています。本来、排出量取引には、温暖化ガス削減の努力目標を達成できない国や企業が、CDM等の仕組みを通じて排出量を購入することでコストを負担し、地球全体の排出量削減につなげるという意味合いがあります。しかし、今回のような災害に直面した日本においてはその負担が重くなりすぎる側面もあります。
議定書に参加していない米国や中国のような温暖化ガスの大量排出国があることを考慮すると、これまで欧州連合とともにこの仕組みをリードしてきた日本が議定書の目標を達成できないことで、排出量取引市場の存在自体が揺らぎかねません。これまで、自国内、自社での削減が困難なことから、議定書目標達成に向けてCDM、JI、AAUといったスキームを通じて排出量を買い続けてきた日本政府、電力会社を中心とする国内企業ですが、今回の問題をきっかけに、温暖化ガスの削減、環境維持に何が本当に必要な投資なのかを考える必要が出てきたと思います。前のコラムでも述べたように、個人的には排出量取引の仕組みは、温暖化ガス排出抑制の手段として良く考えられたものだと思います。一方、今回のような震災や原発問題に直面すると、状況に応じた柔軟性を持たせるべきものだということも感じます。次回南アフリカで開催されるCOP17(国連気候変動枠組み条約締約会議)までに、国内で注意深く議論したうえで、世界が納得できる意見を日本が出せることに期待しています。