第112回 < ロンドンのレストランで日本の財政規律を想う >

ロンドン出張に来ています。先週までは初夏の素晴らしい天気だったそうですが、今週はうす曇で小雨がちらついています。肌寒いくらいの、ある意味ロンドンらしい天気です。到着翌日に早速5つの運用会社を訪問してミーティングを行ったのですが、その中でテニス通の方が、4大大会のひとつウィンブルドンの前哨戦(エイゴン選手権)が始まるといつもこんな天気だと話していました。

市場のほうも荒れ模様で、6月初発表の米国雇用統計が市場予想を下回ったことで、株式市場が急落、その後ハンガリーの財政問題がクローズアップされことでユーロは他通貨に対して下落が進んでいます。欧州市場につられて、各国市場も冴えない状況が続いています。英国ポンドは対円で、131円台の推移です。筆者が住んでいたときは200円以上でしたので、食事や買い物に関してはかなりお得な感じを受けます。

そんな中、中央銀行のロンドン駐在員と情報交換をする機会がありました。ヘッジファンドに関しての知識も豊富で、各国中銀や政府関係者とも積極的に意見を述べる論客なので、お話をしていても非常に勉強になります。その中で議論になったのが、各国の財政規律の問題です。今回のユーロ安の発端になったギリシャは言うに及ばず、ハンガリー、ポルトガル、スペイン、イタリア、アイルランド、東欧各国と火種が尽きない欧州では、大型の財政出動のつけをどのような形で払うことになるのか、まだまだ着地が見えません。さらに、それらの国々の債権者の大半が外国政府や外国人投資家であるため、各国には、今にも投資家の債券売りがきっかけとなる急激な金利上昇が起きるのではないかという恐怖感があります。

しかし、金利上昇は果たして悪いことなのでしょうか。というのが今回の議論のポイントになりました。先月のコラムでも触れましたが、英国では、1992年にジョージ・ソロスを一躍有名にした通貨(ポンド)危機がありました。通貨防衛のために、金利の引上げを余儀なくされた英国中銀ですが、ポンド安と金利引上げの結果、痛みは伴ったものの財政規律が保たれ、金融業の隆盛も手伝い景気は回復しました。このときに、ジョージ・ソロスは100億円の英国ポンド売りを行ったといわれていますが、マネーの量が膨らんだ18年後の今日、同じことをしようとすれば、一体どのくらいの資金量が必要になるでしょうか。それでも、外部からの強制的な金利上昇圧力は、財政規律を高め、通貨の価値を安定させるためには必要なのかもしれません。

翻って、日本の状況を見ると、これも2月のコラムで述べましたが国債の93%を国内保有が占めているわが国では、金利上昇は容易には起こらない状況です。しかし、目先の状況に惑わされず、中長期の金融市場の安定化を考えるのであれば、早い段階で(もう全然早くないという議論は措いておいて)金利を上げておく必要があるのではないでしょうか。また、それを可能にするのは1992年に英国で起こったような外部からの強制的圧力か、あるいは中央銀行による自律的調整かによるはずです。もし、景気の回復や経済成長が明らかではない現状で、中央銀行が後者の決断をすることができれば、それは後世において、非常な英断と称えられるのではないでしょうか。もっとも、現時点であまりに不人気な利上げを行った中央銀行、政府担当者は相当の覚悟を持ってこれに挑む必要がありそうです。

民間の一運用会社として、投資家の皆様の資金を長期安定的に運用していくのが私たちの存在意義だと考えています。その場を提供している金融市場自体のサステイナビリティは、私たちにとって最も重要な前提です。日本の財政規律に資する中央銀行の行動に大きな期待を持って、今後とも注目していきたいと思います。