「酉の市」と掛けて、「統計」と解きます。その心は
私の住む浅草では11月というと「酉の市」で盛り上がります。と、書いてみて、酉の市をご存知ない方も案外多いはず。これはどうやら関東地方特有の風習のようですので関東地方以外の方には馴染みがないものでして、かくいう私も関西地方で育ったサラリーマン家庭の子供でしたので、親が興味を持たなければ当然知ることもなく、こんなに毎年通うようになったのも浅草に住むようになったこの22年、のことです。
酉の市って?
この手の発祥には諸説あるものの、平安時代に遡って奥州討伐に出た武士が今の東京都足立区花畑にあった正覚寺の本尊である大鷲明神をお守りにして借り受け、戦勝して帰ってきたそうです。そして、その大鷲明神をお返ししたものの、別堂を建立してそれを大鷲明神として祀ったところ、その経緯から武門のお守りとして武士が参拝するようになり、やがて開運の神様として信仰されるようになったそうです。
さて、その正覚寺と同じ本尊を持つ下谷の長国寺や千住の勝専寺も同じようににぎわう賑わうようになり大鷲にちなんでか、酉の日に市がたつようになったそうですが、明治時代に入って神仏分離が起こり、下谷の長国寺から鷲神社は分離し、そのお土地柄、吉原遊廓に近いこともあって大賑わいとなり、酉の月である11月の酉の日の大祭には吉原の縁起にちなんだオカメの熊手が売られたそうです。ちなみに、今では商売繁盛やゴルフ(大鷲=イーグル、にちなんで)の神様として参拝客を多く集めています。他にも前述の足立区花畑の大鷲神社や新宿の花園神社も有名ではありますが、浅草の鷲神社は毎年 70-80万人が参拝する日本一の酉の市だとも言われております。
三の酉がある年は火事が多い、って知ってました?
さて、酉の月の酉の日に市が立つのですが、酉の月は11月で決まりですが、酉の日、というのは十二支で回りますので12日に一度訪れることになります。とすると、11月の30日間に酉の日があるのは最低二回、多くとも三回あることになります。そして、昔から、酉の市が3回立つ年には火事が多い、という言い伝えがありますがご存知でしょうか。そのおかげで三の酉の年の熊手には「火の用心」というお札が貼られるのです。
ちょっと数字で見てみましょう。
この言い伝えの真偽を確かめるべく、東京消防庁に過去20年の東京消防庁管轄区域内(稲城市と諸島部を除く全区域)火災発生件数のデータが掲載されていますので見てみようと思います。
年 | 火災発生件数 | 増減 | 注 |
平成11年 | 6,777件 | – | (*) |
平成12年 | 6,938件 | ▲ | |
平成13年 | 6,933件 | ▽ | (*) |
平成14年 | 6,672件 | ▽ | (*) |
平成15年 | 6,234件 | ▽ | |
平成16年 | 6,747件 | ▲ | (*) |
平成17年 | 6,377件 | ▽ | |
平成18年 | 5,915件 | ▽ | (*) |
平成19年 | 5,800件 | ▽ | |
平成20年 | 5,763件 | ▽ | (*) |
平成21年 | 5,601件 | ▽ | |
平成22年 | 5,088件 | ▽ | |
平成23年 | 5,341件 | ▲ | (*) |
平成24年 | 5,089件 | ▽ | |
平成25年 | 5,191件 | ▲ | (*) |
平成26年 | 4,805件 | ▽ | |
平成27年 | 4,433件 | ▽ | (*) |
平成28年 | 3,982件 | ▽ | |
平成29年 | 4,205件 | ▲ | (*) |
平成30年 | 3,406件 | ▽ | (11月14日現在で、前年同日比 -193 件) (*) |
(*) は三の酉まである年
この20年のうち、三の酉の年が11回あり、前年との比較可能な10回のうち6回が前年より火災発生件数が減少し、4回が増加しました。対比として、二の酉までしかない年は9回あり、うち、8回が前年より火災発生件数が減少し、1回が増加しました。
こうしてみると、火災発生件数の減少傾向は基本にあるものの、前年比で増えた年は三の酉の年の方が多く、とはいえ三の酉の年だから必ず増加するわけではない、と読み取ることが出来そうです。
統計的結果と肌感覚と
前述の数字を使った解釈は、多分三の酉の年に火事が多い、という肌感覚を裏付けている一方で、でも実はさほど火事が多くなるわけでもないし、そもそも火事は減っているという大局的な事実も見せてくれています。
私たち人間というのは、なんとなく繰り返し体験したことや直感で法則性を見出そうとする傾向がある一方、その法則性と思える感覚に思考が影響されることが多々あります。人がものを観察する時には主観 – 思い込みや過去の経験 – がどうしても関与するため、その影響を完全に排除して客観視することが難しいからですが、現象を数値に置き換えることでその数値の大小の比較という客観性を使うことにより物事を評価出来るようにするのが統計学、といって良いでしょう。統計学、というのは論理性の極めて高い数学という学問の中で、実世界の現象の評価を取り扱う数少ないものですが、そのおかげで私たちは三の酉の年に火事が本当に多いのか、ということを上記のように(部分的な情報からとはいえ)評価できたり、大量の情報からパターンを読み取るディープラーニングのような道具を作り出すことが出来るのです。
ちなみに
三の酉に火事が多い、と言われるのにはいくつか説があるのですが、残念ながら前述のような統計的アプローチで説明するものはありませんが、一つ歴史的背景に根付いた興味深い説明として最後にご紹介したいとおもいます。
一番大きい酉の市と呼ばれる浅草の鷲神社が昔から吉原の遊郭のそばにあり、酉の市が立つときにはその大門を開放していたことから、旦那衆が月に3回も酉の市にお参りに行ってそのまま遊んでくるのは困る、と、三の酉の年は火事が多いから早く帰ってきて、という願いを込めた、というものです。その昔お参りが娯楽であったことを考えるととても納得できる説だと、個人的には思います。
といいつつも、その鷲神社のそばである吉原遊郭が10時間以上燃え続いた、いわゆる吉原大火は明治44年(1911年)の出来事で、この年は二の酉までの年でした。大火事と火災の発生件数は別の議論ではあるのですが。。。
さて、あなたはどちらの説明が腑に落ちて、また誰かに言いたくなるでしょう?