第363回 < コロナ禍とMMT(現代貨幣理論)について【2】>
前回のコラムでは、MMT(現代貨幣理論)に基づけば、コロナ禍における財政、金融政策は合理的な政策であることを述べました。米国や日本においては、積極的な財政出動をする傍ら、FRBや日銀が国債を無制限に購入する姿勢を見せ、イールドカーブを低位に抑制してきました。同時に、政府は中央銀行を通じて「主権通貨」を発行することで、いくらでも財やサービスを購入することができます。このような、「政府債務の貨幣化」を行うことで、政府の財政支出には限界がなくなるとすれば、完全雇用や景気浮揚の目的はいずれ果たせることになります。
現在、世界中を襲ったコロナの猛威に対抗するため、ほとんどの国々は、無制限の財政支出を許容するMMTの考え方を受け入れ、実施しているかのように見えます。これまで、各国の政府内では常に財政健全化を推す声もあり、今回のように思い切った、金融緩和と財政出動の組み合わせは実現してきませんでした。コロナという、全世界に共通の課題に向かい合った結果、これまでに見られない思い切った対策が打たれたことは、ある意味画期的な出来事であったと言えます。
しかし、MMTに基づく、無制限の財政支出とそれを支える「政府債務の貨幣化」に、問題点や副作用はないのでしょうか。MMTの問題点の一つ目は、「政府債務の貨幣化」を行うことができるのは、主権通貨を有する国家のみであるという点にあります。つまり、国際通貨である、ドルを有する米国、元を有する中国、円を有する日本がその代表格です。ポンドを有する英国やカナダドルを持つカナダ等も該当します。ユーロは単一国家ではないため、政府間の協調が難しく、この定義には該当しないことになります。
また、自国通貨を持っていたとしても、グローバル通貨を発行できない国の場合は、この手法では容易に自国のインフレーションを招いてしまう可能性があります。大多数の国では主権通貨を発行できず、自らは「政府債務の貨幣化」を行えないため、一部の国が行う金融緩和、財政支出に依存せざるを得ない状況となります。しかも、主権通貨の過剰な発行によって、資金がその他の国々に流れ込んでしまった場合、資金が流れ込んだ国々は物価のコントロールを失う可能性があり、経済に深刻なダメージを負うリスクが生じます。このように、MMTに基づいた政策を行える国が限定されており、その他の国では悪影響を被る可能性がある点が、一つ目の問題点として挙げられます。
さらに、MMTでは、金利が低位で安定した状況下で、税収、所得に依存しないでも、国債を発行して資金調達し続けても、同時に「主権通貨」を無制限に発行し続け、「政府債務の貨幣化」を行えば、いつかは、需要が十分に喚起され、また、完全雇用が達成できると主張しています。その結果として、インフレーションが起きた場合に、はじめて、金融を引き締めていけばよい、というスタンスに立っています。しかし、MMTは、インフレに対する処方箋を用意しているわけではなく、問題を先延ばししているという側面も否めません。
さらに、MMTが主張する通貨の発行、政府債務の貨幣化を進める過程では、今回見られるような金融資産価格の急上昇や、2020年3月の市場急落に見られた、金融市場のボラティリティ上昇が頻繁に起こるリスクが指摘されています。金融市場のボラティリティ上昇は、投資家にとってのリスク上昇を意味し、また、発行体企業にとっての調達コストの上昇を意味することがあります。
このように、いくつかの問題点や副作用を内包していると思われるMMTに基づく現在の財政、金融政策ですが、今、世界はこの理論の壮大な実証実験を行っているようにも見えます。いつ、どのような形、規模で、これらの問題点や副作用を実感することになるのかは分かりません。しかし、個人的には、現在、多くの人々が株式をはじめとする金融資産価格の現状を肯定し、更なる高値更新を期待する状況下、コロナ禍が収束を迎えた時、政府、中央銀行がどのように対応するかで、資産価格の変動は大きく異なると思われます。その際、私たちは、まず、市場のボラティティ上昇というMMTの副作用を経験するのかもしれません。